感染症などの病気が世界中で大流行するパンデミック。
現代では航空機などの移動手段が発達し、世界中で人の行き来が活発に行われるようになったために、昔に比べて感染症や伝染病が広まる可能性が高くなっており、インフルエンザなどを代表例として流行に対する警戒が行われています。
ですが、もしも、このパンデミックが人の手で引き起こされるとしたらどうでしょう。
病気を人間自ら広めるというのは、普通は考えにくいことかもしれません。
しかし、人類の歴史においては、敵対する国家や勢力を陥れるために、故意にウイルスや細菌を培養し、ばら撒こうという試られた例は1度や2度ではありません。
これらは生物兵器と呼ばれ、無関係な一般人までも多く巻き込む兵器であり、その使用は厳しく規制されていますが、現在も世界から撲滅されているわけではなく、今後も戦争やテロなどで使用される危険性が存在しています。
ここでは、我々にも無関係とはいえない、恐ろしい生物兵器の数々についてご紹介します。
生物兵器とは
引用:http://parstoday.com
生物兵器とは、細菌やウイルスおよびそれらの作り出す毒素を使い、人や動物などを攻撃する兵器です。
生物兵器を使って攻撃を行うことを生物戦といい、毒ガスなどの化学兵器と同様にジュネーブ条約によって国際的に使用が禁止されています。
ちなみに、よく似た言葉で生体兵器というものがありますが、こちらは動物そのものを兵器として使用することで、動物兵器とも呼ばれ、軍馬などもこの中に含まれます。
NBC兵器
引用:http://sharetube.jp
核兵器(Nuclear)、生物兵器(Bio)、化学兵器(Chemical)の3種類は、頭文字をとってNBC
兵器と呼ばれ(かつては核兵器がAtomicでABC兵器と呼ばれていました)、一挙に大量の人間を殺傷することができ、周囲の環境に対しても多大な被害をもたらすため、大量破壊兵器とも呼ばれています。
このうち、生物兵器と化学兵器は核兵器と比べて製造や入手が容易であるため、「貧者の核兵器」と呼ばれ、テロなどへの使用が危惧されています。
特に、生物兵器は3つのなかで最も安価で製造も簡単であり、化学兵器よりも殺傷能力が高く、費用対効果に優れるとされます。
生物兵器の特徴
引用:https://toyokeizai.net
生物兵器の特徴としては、細菌やウイルスであるためにコントロールしやすく、輸送、散布が容易であり、使い勝手がいいことがあげられます。
さらに、人から人、動物から人へと感染して広範囲に伝播し、発症した場合の死亡率も高くなります。
反面、生物兵器は人体に入ってから潜伏期間があるものが多く、使用されてもしばらくの間は被害が出ていることが分かりづらく、被害が出てもそれが自然発生したものなのか、生物兵器によるものなのか判別しにくくなっています。
多くの被害者が出た場合には、ワクチンなど対策品が不足することも考えられ、深刻な社会不安を引き起こします。
生物兵器は実際に使用しなくても、保有して使うかもしれないと思わせるだけでも、相手に脅威を与えることができます。
生物兵器の分類
生物兵器はその危険性によって3種類に分類されます。
・カテゴリーA
高い感染力や死亡率など、社会的なパニックを引き起こす可能性があり、国家の安全保障に影響を及ぼす最優先で警戒すべき病原体で、炭疽菌・天然痘・ペスト・ボツリヌス毒・野兎病・ウイルス性出血熱があります。
・カテゴリーB
感染力は高いものの、死亡率はそれほど高くなく、2番目に警戒すべきとされる病原体で、リシンやコレラ・Q熱・ブルセラ症・腸チフスなどがあります。
・カテゴリーC
入手や生産が容易で感染力や死亡率が高く、将来的に生物兵器として使用される危険のある病原体を指し、ニパ脳炎・ハンタウイルスなどがあります。
現在、生物兵器は国際法によって使用が禁止されているため、公にはどの国も保有していないということになっています。
しかし、過去には細菌学の研究や生物兵器を使われた場合の防御法の研究を口実にして、生物兵器開発が行われていた事例もあり、今もその可能性がないとはいえません。
さらに、オウム真理教が炭疽菌を培養しようとしていたように、過激派組織やテロリストによって生物兵器を使用したバイオテロが行われる恐れもあります。
炭疽菌(カテゴリーA)
引用:https://matome.naver.jp
高い殺傷能力と持続性をもち、生物兵器の代表ともいえるのが炭疽菌です。
実は、病気の原因となることが初めて証明された細菌であり、細菌学上重要な菌となっています。
炭疽菌とはもともと土壌中の常在細菌で、羊やヤギなど家畜や動物の間で感染症を引き起こしますが、ヒトへの感染もありうる人畜共通感染症です。
炭疽とは「炭のかさぶた」という意味で、炭疽菌によって引き起こされる症状で皮膚に黒いかさぶたができることに由来します。
炭疽菌の場合、ヒトからヒトへの感染はありません。
中世ヨーロッパなどでは家畜の屠殺や羊毛を取り扱う人間が発症する例が多かったのですが、現在では炭疽菌による感染症の発生は特に先進国においては非常にまれなことです。
炭疽菌の症状
引用:https://ja.m.wikipedia.org
炭疽菌は芽胞と呼ばれる胞子によって感染し、潜伏期間は1~7日ですが、長い場合は60日に及ぶこともあります。
炭疽菌の症状は皮膚炭疽症、肺炭疽症、消化器炭疽症の3つに分けられます。
1:皮膚炭疽症
皮膚炭疽症は、皮膚の小さな傷口などから菌が入ると起こるもので、最初はニキビのような小さな発疹が現れ、2日くらいでそれが潰れて潰瘍となり、やがて炭疽菌の名前の由来でもある黒いかさぶたを形成します。
炭疽症の90%がこれに当たり、死亡率は10~20%となります。
炭疽菌の語源となっている皮膚炭疽症ですが、死亡率は他2つと比べてまだましといえます。
2:肺炭疽症
肺炭疽症は、炭疽菌を空気とともに吸い込んでしまい、肺に入ったときに引き起こされるものです。
空気感染する炭疽菌は比較的サイズの大きなものが多いため、気道に付着して排除され、疾患を起こすことは少ないとされます。
しかし、サイズの小さなものは、肺胞に達し、肺の中のマクロファージによって捕食されてリンパへと運ばれてリンパ節を壊死させ、肺炎や細菌炎、骨髄炎などを引き起こします。
早期の治療が必要ですが、最初はインフルエンザに似た症状が出るため、早期発見を困難にしています。
高熱、咳といった症状から膿や血痰を出すようになり、最後には呼吸困難に陥ります。
死亡率は90%以上と非常に高くなっていることも特徴です。
3:消化器炭疽症
消化器炭疽症は、炭疽菌によって汚染された家畜の肉などを食べることによって感染するものです。
最初は口内炎からはじまり、やがて咽喉に潰瘍ができ、嘔吐や発熱といった症状が出てきて、最後には炭疽菌によって消化管の細胞が破壊され、激しい腹痛と血便、吐血に苦しみ、死に至ります。
臨床データが少ないため、はっきりとはしませんが、死亡率は25~50%とされます。
炭疽菌の治療
炭疽菌のワクチンとしては、ペニシリンやテトラサイクリンなどが用いられ、3時間ごとに5~7日と頻繁に摂取することが求められます。
症状がなくなってからも最低14日、可能なら60日間の摂取が推奨されています。
現在、日本にワクチンはなく、アメリカで1社が生産しているのみで、予防接種なども副作用の可能性が高いため推奨はされません。
もし生物兵器として使われた場合には、汚染場所には塩素やヨウ素といった殺胞子剤を撒いて除染します。
生物兵器としての炭疽菌
引用:https://www.dailystar.co.uk
炭疽菌は生物兵器に必要とされる特徴をすべてあわせ持つ理想的な細菌で、製造や貯蔵も比較的簡単であることから生物兵器として使用される可能性は高いといえます。
使用方法としては、エアロゾール化して散布するというものが考えられます。
炭疽菌が生物兵器として恐れられる理由には、その持続性の高さがあります。
第二次大戦中、イギリスが炭疽菌の培養研究を行っていたスコットランドのグリュナード島は「腸チフスのメアリー島」と呼ばれ、戦後も長い間汚染地帯とされ、除染処理の長期的な積み重ねによってようやく居住可能になりました。
この島で培養した炭疽菌は爆弾によってドイツにばら撒かれる予定で、研究所が事故により閉鎖されるまでに全人類を30回も絶滅させられる量の炭疽菌を製造したといいます。
当時の報告書によると、炭疽菌による皮膚疾患などの症状は散布後数か月から数年に渡って続くとされ、汚染後の土地利用は「不可能」としています。
炭疽菌は冷戦時代にはアメリカやソビエトが保有し、特にソ連では大陸間弾道ミサイルに炭疽菌を搭載したといわれます。
ソ連では1979年に炭疽菌放出事故も起きており、生物兵器研究所から漏れ出た炭疽菌により、1000人近くの市民や軍人が死亡したとされ、ロシアではこの事件を「生物学のチェルノブイリ」ともいいます。
1993年のアメリカ政府の報告では、100kgの炭疽菌をワシントン上空からばら撒いた場合には、13~300万人という水爆に匹敵する犠牲者が出るとしています。
湾岸戦争時の国連による査察ではイラクでも炭疽菌が保有されており、北朝鮮も炭疽菌をもっているといわれます。
2000年代のアメリカ軍では中東や朝鮮半島に派遣する兵士に不活化ワクチンを使った予防接種を施していました。
1993年には、日本でもオウム真理教が独自に培養した炭疽菌を散布するというテロを計画しましたが、やり方が未熟であったために異臭を引き起こしただけに終わります。
2001年の米同時多発テロ後にも、アメリカのマスコミなどに炭疽菌を封入した封筒が送り付けられるという事件が起き、アメリカ国民を震撼させました。
天然痘(カテゴリーA)
引用:ja.wikipedia.org
天然痘は天然痘ウイルスによって引き起こされる感染症で、疱瘡(ほうそう)・痘瘡(とうそう)とも呼ばれます。
日本では平安時代の文献にも疱瘡という言葉が登場するほど、古くから人類とともにあった病気ですが、きわめて有効なワクチンが開発されたことにより1980年にはWHO(世界保健機関)により撲滅宣言が出され、人類が初めて撲滅に成功した感染症となりました。
天然痘の症状
引用:www.slideshare.net
天然痘ウイルスに感染すると、7~17日間の潜伏期間の後、倦怠感・発熱・頭痛といった初期症状が起こります。
2、3日後には、熱が引きはじめますが、代わって頭や顔、脚などに天然痘の特徴である、皮膚と同じかやや白っぽい発疹が現れます。
天然痘の発疹は1、2日間隔で紅斑・丘疹・水疱・膿疱・結痂・落屑の順に規則正しく移行していきます。
7~9日後までには再び高い発熱を起こし、発疹は全身に広がって化膿し、強い疼痛や灼熱感を引き起こします。
呼吸器や消化器官にも、症状が及び、呼吸困難を起こし最悪の場合には死に至ります。
致死率は30%程度とされ、敗血症や気管支肺炎、脳炎といった合併症を引き起こし、予後不良になることもあります。
天然痘には急性経過を示す特殊なタイプも存在し、これは全患者の5~10%にみられますが、普通の天然痘と違って皮膚の発疹などがなく、早期発見が困難で、潜伏期間も短く、5~6日目で死に至ります。
天然痘はヒトからヒトへと高い感染力をもち、感染経路の80%はヒト間のものとされます。
特に発症後1週間以内の患者から最も感染しやすいとされますが、一度かかった場合は抗体ができるため二度と感染することはありません。
天然痘の治療
天然痘はヒトに対して強い感染力を持ちますが、人間以外には感染・発症はなく、皮膚に現れる発疹のために肉眼でも診断が下しやすい病気でもあります。
天然痘には感染した場合のワクチンは存在しませんが、予防接種が極めて有効で摂取後5年間は効果があります。
本来は予防のためのワクチンですが、感染後4日以内に投与することで、発症や重症化を抑える効果があります。
同時に、輸血や解熱・鎮痛剤といった対症療法や二次感染を防ぐための抗生物質投与も重要な治療法です。
天然痘の歴史
引用:http://www.madrimasd.org
天然痘は紀元前から人類とともに存在していた病気で、古代エジプト王朝のラムセス5世のミイラに認められる天然痘の痘痕が、現在確認されている天然痘による最も古い死亡例です。
ギリシアやローマ帝国の時代にも「アテナイのペスト」や「アントニヌスの疫病」と呼ばれ、何百万人もの死者を出しました。
しかし、天然痘によって最も大きな被害を受けたのはアメリカ大陸のインディアンでした。
コロンブスのアメリカ大陸発見によってヨーロッパ大陸から持ち込まれた天然痘は、彼らに対して猛威を振るいました。
アメリカ大陸には牛馬を家畜にする習慣がなく、そうした動物に触れる機会が少なかったインディアンには天然痘に対する免疫がまったくありませんでした。
牛には、牛痘といわれる天然痘によく似た症状の病気があり、ヒトにも感染することがありますが、これは天然痘よりも症状が軽く、皮膚の発疹なども跡が残りません。
その上、牛痘にかかると天然痘に対する免疫が獲得できるため、18世紀には予防接種に利用されるようになります。
アメリカには牛や馬の仲間があまりおらず、いるのは凶暴なバイソンだけで、家畜には適していませんでした。
余談ですが、当時のアメリカ大陸では車輪というものを使う文化が発達しておらず、これは、車を曳かせる動物がいなかったからというのが理由です。
当時のヨーロッパで流行していた天然痘はインディアンたちの間で爆発的に広まり、死亡率が90%を越える地域や絶滅した部族もありました。
ヨーロッパ人がアメリカを植民地化していく過程では、ポンティアック戦争時のイギリス軍のように、天然痘患者が使用した汚染された毛布をインディアンに贈って、故意に天然痘を広めようとした事例もあり、これなどは原始的な生物兵器の利用といえます。
天然痘は1796年にジェンナーによって、人類初のワクチンとなる天然痘ワクチンが開発され、これが世界に広まると、徐々に天然痘の感染例は減少していきます。
20世紀中ごろになると、先進国においては天然痘が撲滅される地域も出始め、日本でも1955年に根絶、1980年5月8日にはWHOによって地球上からの天然痘撲滅宣言が出されました。
生物兵器としての天然痘
天然痘を生物兵器として見た場合、発症したときのワクチンが存在せず、使う側は予防接種によって免疫を獲得できるという、非常に優秀な存在です。
感染症としての天然痘は、現在では根絶されたことになっています。
しかし、根絶宣言が出されたということは、同時に、現在では予防接種を受けた人がいないということも意味しています。
予防接種による天然痘の免疫の持続期間は5~10年といわれており、世界中に免疫を保持している人はほぼいないでしょう。
つまり、現在の我々はアメリカ大陸のインディアンと同じ状況にあるわけで、もしも天然痘が生物兵器として使われた場合には、広範囲へ感染し甚大な被害をもたらす可能性が指摘されています。
撲滅宣言後もアメリカやソ連では研究用として天然痘ウイルスが保存されていました。
現在でも、北朝鮮、ロシア、フランスなどはウイルスを保管している可能性があるとされています。
韓国では2004年から兵士に天然痘のワクチンを接種させており、アメリカでも全国民分のワクチンを備蓄し、日本政府も2001年からワクチン備蓄を行っています。
ペスト(カテゴリーA)
引用:ja.wikipedia.org
ペストとは、ペスト菌による感染症で、もともとは齧歯類、特にクマネズミに多く見られます。
人間のパンデミックが起こる前に、ネズミの間で流行することがあり、感染したネズミについたノミや蚊を媒介として人間にも移り、ヒトの他にも猿や猫などにも感染します。
ヒトからヒトへと高い感染力をもっています。
中世ヨーロッパで「黒死病」と呼ばれて恐れられ、14世紀の大流行では2500万人以上というおびただしい数の死者を出し、ある推計によれば4億5000万人だった世界人口を3億5000万人にまで減少させたといわれます。
ペストは20世紀に入ってから患者数を大きく減らし、現在ではアフリカやヒマラヤなど一部の限られた地域でしか確認されなくなっています。
ペストの症状
引用:ja.wikipedia.org
1:腺ペスト
腺ペストは自然界におけるヒトペストの90%を占め、ペストに感染したネズミの血を吸ったノミに噛まれた後、2~8日間の潜伏期間をおいて発症します。
感染した場所のリンパ節が腫れて痛み、38℃を越える急激な発熱や悪寒、倦怠感、嘔吐などの症状が起きます。
ペスト菌が肝臓や脾臓などでも毒素を作り出し、意識の混濁などを引き起こします。
腺ペストから敗血症ペストや肺ペストを引き起こすこともあります。
黒死病の由来でもあるペスト菌の内毒素による黒い皮下出血斑の症状が出ると、多くの場合は死亡し、死亡率は40~80%となっています。
2:敗血症ペスト
ペストの10%ほどを占め、ペスト菌が血液によって全身に回り、感染症による臓器疾患である敗血症を引き起こします。
体中に出血斑ができ、急激なショック症状や手足の壊死、昏睡等を起こし、2~3日で死亡します。
3:肺ペスト
腺ペストの末期や敗血症ペストの途中で菌が肺に侵入して起こるもので、多くはペスト流行が続いた後に流行ります。
肺ペスト患者から排出されたペスト菌を含むエアロゾールを吸引することで、1~6日(多くは2~4日)の潜伏期間のあとで発症します。
ペストの中でもヒトへの感染力が強く、治療開始後も72時間は感染力を持ち続けます。
頭痛や高熱、嘔吐といった症状から、特徴的な鮮紅色の血痰を吐き、肺炎を起こし呼吸不全や多臓器不全により1~2日で死亡し、治療をしない場合の死亡率はほぼ100%となっています。
腺ペストや敗血症ペストに見られる皮膚の黒い斑点は肺ペストには見られません。
ペストの治療
ペストの治療にはテトラサイクリンやストレプトマイシンなどが使用され、通常は10~14日間投与されます。
生物兵器としてのペスト
ペスト菌を取り扱うには、専門的な設備や技術が必要とされ、散布しても菌がすぐに死滅してしまうことから、生物兵器としては使いづらいといえます。
しかし、ペストの特徴である高い感染力は大きな脅威であり、培養も簡単にできるため大量生産も容易です。
ペストといえばネズミというイメージがありますが、ある研究によると、過去に起きたペストの大流行で、感染経路のうちネズミによるものは4分の1に過ぎず、残りのほとんどはヒトからヒトへの感染だとされます。
ペストを生物兵器として使用する場合は肺ペストを狙って菌をエアロゾールとして散布するやり方が考えられ、ビルや商業施設など多くの人が集まる建造物の空調に仕掛けるという方法があります。
ペスト菌は低温に強く、乾燥冷凍させた粉末を作り、相手に送り付けるという手段もあります。
ボツリヌス毒(カテゴリーA)
引用:https://endia.net
わずか1gで100万人の命を奪い、0.5kgで全世界の人々の致死量に相当する、地球上でも最強の毒といわれるボツリヌス毒は、正式名称をボツリヌストキシンといい、ボツリヌス菌によって作り出される毒素です。
ボツリヌスとはラテン語で「腸詰め」を意味し、腸詰めや瓶詰めの中で増殖し、ソーセージ中毒としてギリシア・ローマの時代から恐れられました。
ボツリヌス菌は世界中に分布していて、土の中や川辺、沼地などに棲息しています。
日本でも、辛子蓮根や瓶詰めオリーブなどの食品による中毒の事例が報告されています。
ボツリヌス毒の症状
ボツリヌスには大きく分けて、食中毒型ボツリヌス症と腸内細菌が未発達の乳児がハチミツなどによって引き起こす乳児ボツリヌス症があります。
食中毒型ボツリヌス症は菌を吸引してから18時間以内に吐き気や下痢など消化器系の症状が現れ、24~36時間で瞳孔拡大や複視、顔面の弛緩性麻痺などが発生します。
その後、嚥下困難や便秘、尿閉、骨格筋の麻痺などが続き、最終的には麻痺が呼吸器にも及び、呼吸困難で死亡します。
また、数は少ないですが、ボツリヌス毒は傷口からも感染する場合もあります。
ボツリヌス毒の治療
ボツリヌス毒に対しては、早期の抗血清投与が主で、他に呼吸管理などの対症療法も有効で血清がない場合もほとんどがこれで介抱に至ります。
昔は死亡率60%であったものが、呼吸法の確立により、現在では治療さえ行えば死亡率5%以下になっています。
生物兵器としてのボツリヌス毒
ボツリヌス毒はとても強い毒素ですが、その分安定性は低く、特に空気や日光に弱く、空気中では12時間、日光下では1~3時間で毒性を失います。
熱や水にも弱く、80℃で30分、水中では20分ほど失活しますが、芽胞の場合は120℃で4分の過熱に耐えるものもあります。
このように、弱点も多いボツリヌス毒ですが、その強力さにより以前から兵器としての研究が進められてきました。
第二次大戦時のドイツのほか、ソ連やアメリカでも研究していた例があり、1995年には国連査察によって所持していることが判明したイラクが19000ℓのボツリヌス毒を廃棄しています。
日本でもオウム真理教が研究しており、地下鉄サリン事件の前に噴霧を企画していたことが分かっています。
ボツリヌス毒を兵器として使用する場合は、エアロゾール化して空中散布する方法がとられ、この場合は経口摂取したときよりも潜伏期間が24~72時間と長くなる傾向があります。
ウイルス性出血熱(カテゴリーA)
引用:https://www.niid.go.jp
ウイルス性出血熱とは、ウイルス感染の結果発症する病気で、発熱と止血機能の破綻による出血傾向を引き起こす感染症の総称です。
出血熱を起こすウイルスには様々な種類が存在し、サハラ以南のアフリカで発症例が見られます。
死亡率は平均5~20%程度ですが、エボラ出血熱では感染者の50~90%という高い数字になっています。
多くの病気でワクチンが確立されていないのもウイルス性出血熱の特徴です。
生物兵器としては、エアロゾールなどにより生物テロを起こすことが可能とされますが、現在までにこれらのウイルスを生物兵器化した例はありません。
エボラ出血熱
引用:http://japanese.china.org.cn
フィロウイルス科エボラウイルスを原因とする感染症で、最初に感染した男性の出身地に近かったザイールのエボラ川からこの名が付けられました。
潜伏期間が2~21日で、急激に発症し、発熱・頭痛・倦怠感・筋肉痛・結膜炎などの症状から始まり、2~3日かけて急速に悪化していき嘔吐や吐血を引き起こして体中に出血傾向や発疹ができ、6~9日で出血とショック症状により死亡し、命が助かった場合にも、重篤な後遺症が残る場合があります。
エボラ出血熱に関しては不明な点が多くて感染力も高く、ヒトからヒトへと体液や血液により感染し、空気感染はないため患者を十分に隔離すれば感染拡大を防げるとされます。
エボラ出血熱は、ヒトからヒトへ感染していくとともに死亡率が低下していくことが分かっています。
マールブルグ熱
引用:http://dream4ever.livedoor.biz
マールブルグ熱はフィロウイルス科マールブルグウイルスによって引き起こされる人畜共通感染症です。
1967年、ドイツのマールブルグで初めて発症者が出たことからこの名が付けられました。
その後はアフリカなどで感染者、死亡者が出ており、アフリカミドリザルが介在動物であるため、ミドリザル出血熱とも呼ばれます。
マールブルグでの発症者もウガンダから輸入したミドリザルを扱っていた研究職員でした。
しかし、もともとのウイルス保有動物については現在でも判明していません。
潜伏期間は3~9日で頭痛・発熱・倦怠感といった初期症状のあとに、発疹・皮下出血・吐血に加え、鼻腔や口腔、消化管にも出血が起こり、ショックで死亡することもあります。
症状はエボラ出血熱と似ていますが、マールブルグ熱のほうが軽症であることが多く、死亡率は20%ほどです。
エボラ出血熱、マールブルグ熱はともにワクチンが確立されておらず、対症療法のみとなります。
クリミア・コンゴ出血熱
引用:http://www.afpbb.com
クリミア・コンゴ出血熱はブニヤウイルス科のクリミア・コンゴウイルスによって引き起こされる感染症で、ダニを保菌動物とし、噛まれた傷口などから感染します。
潜伏期間は3~6日で、口腔・鼻腔、消化管、上半身の皮下を中心として、点状出血や血腫が広範囲に現れます。
治療には抗ウイルス剤のリバビリンが有効とされています。
ラッサ熱
引用:schoowell.jp
ラッサ熱はラッサウイルスによる感染症で、齧歯類を保菌動物とし、感染した動物のフンや尿を感染経路になることがわかっています。
数日~16日の潜伏期間をもち、頭痛・発熱・出血・吐血などエボラ出血熱と似たような症状を起こしますが、エボラ出血熱より症状は軽いことが多いとされます。
感染者の80%は軽症ですが、20%は重傷で、死亡率は1~2%とされます。
野兎病(カテゴリーA)
引用:ja.wikipedia.org
野兎病(やとびょう)とは、野兎病菌によって引き起こされ、ヒトや野兎、プレーリードッグなどに感染する人畜共通感染症です。
日本では野兎との接触による感染例が多かったために、この名前が付けられました。
ヒトからヒトへは感染はなく、野兎やそれについていたダニや蚊から感染し、ウイルスは動物の死骸の中で、数週間から数か月も生存することができます。
潜伏期間は2~10日で、数週間から時には数か月の間、吐き気や頭痛・発熱が続き、皮膚の化膿や潰瘍が起こります。
死亡率は30%程度とされますが、適切な治療さえ行えば、回復することは容易です。
治療にはストレプトマイシン、ゲンタマイシンなどが使われます。
野兎病は北アメリカやロシアなど北半球で多く見られ、日本では東北や関東を中心として発生していました。
ウイルスは寒冷に対しては耐性が強い反面、高熱には弱いという特徴をもっています。
吸引することによって症状を引き起こせるため、生物兵器としてはエアロゾールで散布するという方法が用いられます。
コレラ (カテゴリーB)
引用:www.sankei.com
コレラは、コレラ菌を病原体とする細菌性腸管感染症です。
コレラは経口感染症の1つであり、コレラ菌に汚染された水や食品などを口にすることによって感染します。
コレラは非常に感染力が強く、これまでに7回の世界的流行(コレラ・パンデミック)が起きています。
潜伏期間は12~17時間ほどしかなく、いきなりの腹痛や嘔吐、悪寒が起き、やがて米のとぎ汁のような水溶性の下痢に悩まされるようになります。
重症化すると、下痢によって1日に5~10ℓの水分を失って脱水症状を起こし、血液量減少によるショックで死に至ります。
死亡率は平均50%、地域によっては75~80%とされますが、適切な治療を行えば救命は容易で、死亡率は1~2%程度まで低下します。
脱水症状が起きるため、治療にはまず輸液を行って電解質などを補い、その上で、テトラサイクリンなどの抗生物質や抗菌剤を投与します。
輸液はジュースやスポーツドリンクなどの摂取でもある程度代用が可能です。
ワクチンも存在しますが、約半数の人にしか効果がなく、半年ごとの追加投与も必要なため、WHOは予防接種が必要な感染症からコレラを除外しています。
コレラ菌は乾燥、熱、塩素消毒に弱く、水中では数日しか生きられません。
コレラを生物兵器として使用する場合は、コレラ菌を使った水源や食料品の汚染という手段が使われるでしょう。
リシン (カテゴリーB)
引用:https://natgeo.nikkeibp.co.jp
リシンはトウゴマ(ひましの豆)から抽出される毒素で、1888年にエストニアのペター・ヘルマン・スティルマルクが種子から有毒なタンパク質を分離し、リシンと名付けました。
トウゴマの種子を圧搾すると、ヒマシ油がとれ、このときに残る搾りカスの中にリシンが含まれています。
リシンは油には溶けないという性質があり、ヒマシ油の中に混入することはありません。
この搾りカスは、肥料として使われることもあり、モグラ退治用の農薬として売られている国もあります。
トウゴマは世界中で栽培されており、比較的簡単に大量のリシンを作ることができます。
リシンの潜伏期間は数時間で、発熱や咳・筋肉の痙攣・悪寒などを起こし、36~72時間で肺水腫による呼吸不全で死亡します。
経口摂取の場合は嘔吐や下痢・唾液過多症・腹痛などが起きます。
リシンには抗毒素やワクチンはなく、現在のところ予防法や治療法というものはありません。
経口摂取をしてから4時間以内なら、患者に嘔吐させることによって毒素を排出できる場合があります。
リシンは臭いがなく、症状も徐々に現れるため、生物兵器として有効ですが、熱や衝撃によって不活性となるため兵器化には多少の問題があります。
それでも、第二次大戦中、アメリカやイギリスではリシンの研究が行われ、実行はされませんでしたが、イギリスにはリシンを仕込んだ毒針を空から雨のようにドイツにばら撒く計画もありました。
1978年にはロンドンでブルガリアから亡命していた作家のゲオルギー・マルコフが傘に仕込まれた銃で撃たれ、リシンが封入された弾丸により死亡するという事件が起きています。
2018年にはトランプ大統領や米国防総省などに送付された郵便物からリシンが検出され、元海軍軍人が逮捕されるという事件も起こりました。
まとめ
以上、最強の生物兵器たちについて紹介してまいりました。
人類の歴史は様々な病気との戦いの歴史でもあり、治療法の研究が進められると感染症の脅威から解放されていくと同時に、それを悪用することも可能になってしまいます。
多くの生物兵器は、自然界にもウイルスが存在しているため、完全に撲滅させることは難しいでしょう。
もしかすると自分の身にも降りかかるかもしれない、こうした脅威の可能性が存在していることを私たちは知っておく必要があるでしょう。