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【真実】本当にあった世界の陰謀論9選

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みなさんは陰謀論というものをご存知ですか?

ある権力をもった個人や組織が世界を動かしている、「あの事件の真相は実は~」といったように、ある出来事について、一般に事実とされていることとは別の陰謀が存在していると唱える主張のことです。

フリーメイソンやユダヤ人、あるいは300人委員会といった組織が裏で世界を操っているというものやホロコーストはなかったという歴史的事実に対する異論を唱えるもの、3.11の地震は人工的に引き起こされたものだったいうものなど、ネットの世界ではいろいろなことが書かれていたりますが、たいていはただの噂や都市伝説の部類に入るものです。

しかし、歴史上には陰謀論とされていたものが、実は本当にあった陰謀だったという事例も存在するのです。

ここでは、そうした本当にあった世界の陰謀の数々についてご紹介します。

関東軍の陰謀

引用:blog.livedoor.jp

関東軍とは、かつて日本の租借地だった関東州と、日本が保有していた南満州鉄道の付属地に駐留していた日本陸軍の部隊の1つで、大正時代から昭和初期にかけて日本政府の意向に反して独自の計画によって中国大陸、特に満州において様々な陰謀を働きました。

張作霖爆殺事件

引用:ameblo.jp

第一次大戦後、欧州列強が大戦のためにアジアを顧みる余裕がなくなったのをみた日本政府は中国に対して厳しい内容の対華二十一か条要求を突き付け、強硬な外交姿勢を見せていました。

当時の中国には安定した統一政府がなく、いくつもの軍閥が各地に存在していました。

日本はこの不安定な中国の状態をチャンスと考え、自国の勢力圏に取り込むことを狙っていた満州を手に入れることを画策します。

満州には鉄鉱石や石炭といった天然資源、そして肥沃な農地があり、ここを手に入れることは日本が強国として生き残っていくための生命線と考えられていました。

その満州を支配していたのは、張作霖(ちょうさくりん)を中心とする奉天軍閥で、張作霖は北京に独自の政府をつくり、中国の元首を名乗っていました。

日本政府は最初、張作霖を利用して満州における権益を拡大することを狙っていましたが、張作霖が軍事的に不利となってそれが難しくなると、現地の関東軍が張作霖を暗殺し、奉天軍閥事態を排除しようとしました。

満州某重大事件

引用:ja.wikipedia.org

1928年6月4日午前5時23分、奉天付近の橋の近くを張作霖の乗った特別列車が通りかかったとき、爆破スイッチが押され、橋脚に仕掛けてあった爆弾が爆発し、張作霖を死亡させました。

事件を計画したのは関東軍のナンバー3だった参謀の河本大作(こうもとだいさく)大佐でした。

河本はあらかじめ買収しておいたアヘン中毒者の中国人3人を事件現場に連れ出し、銃剣で突き殺して死体を放置し、彼らの犯行に見えかけようとしました。

しかし、そのうちの一人が死んだふりをして逃亡し、奉天財閥に駆け込みすべてを話したため、真相が中国側にすべて明らかになってしまいます。

張作霖の息子の張学良(ちょうがくりょう)はこれを知って激怒し、以後日本軍と敵対するようになります。

当時の田中義一内閣はこの事件を隠蔽しようとし、日本国内ではこの事件は「満州某重大事件」と呼ばれ、報道なども制限されて真相が明かされることはありませんでした。

満州事変

引用:http://historyjapan.org

父親を日本軍に殺された張学良は中国の中央政府であった国民党と協力関係を築くようになり、関東軍の思惑とは裏腹に、事件後満州における日本の影響力は弱まってしまいました。

これに危機感を抱いた関東軍は、なんとしても満州の土地と利権を守らねばならないと考えました。

そして、関東軍の参謀だった石原莞爾(かんじ)中佐と板垣征四郎大佐の2人が中心となって、満州を武力によって制圧し、日本の領土にするという計画を実行に移しました。

柳条湖事件

引用:matome.naver.jp

1931年9月18日深夜、奉天郊外の柳条湖付近で南満州鉄道の線路が爆破されるという事件が起きます。

実際には、これは関東軍が線路に火薬を装填して起こした自作自演でした。

しかし、これを中国側の犯行として非難した関東軍は、中国に対して軍事行動を展開します。以前からの計画で関東軍とともに朝鮮の日本軍も満州に侵攻することが決められていました。

これはあくまでも現地軍によって決められたもので、日本政府は知らないことでしたが、関東軍が実際に行動を起こすと政府はそれを止めることができず、追認する形をとります。

第一次上海事変

引用:ja.wikipedia.org

満州への侵略行為により、世界各国から日本に避難が向けられそうになると、それを逸らすため、さらなる陰謀が計画されます。

今度は上海で日本人僧侶の襲撃事件という自作自演のテロ事件を起こし、これをきっかけに上海でも中国との間の武力衝突である第一次上海事変が起こりました。

この事件は日本軍の女スパイであった川島芳子らが中国人を買収し、僧侶を襲撃するように仕向けたというものでした。

その後、関東軍は事前の目論見通り、満州各地を次々と占領下においていき、やがて、1932年3月1日、清朝最後の皇帝だった溥儀を執政に迎えて、満州に関東軍の傀儡国家「満州国」の建国が宣言されました。

コンゼルヴェ作戦

引用:https://s.webry.info

1939年9月1日、アドルフ・ヒトラーに率いられたナチス・ドイツ軍は突如として隣国のポーランドへと侵攻を開始し、これをきっかけとしてヨーロッパ全土、そして世界中を巻き込む未曽有の第二次世界大戦が勃発しました。

このとき、ドイツがポーランド侵攻の口実を作り出すために行ったのがコンゼルヴェ作戦と呼ばれた謀略です。

ヒムラー作戦

引用:jp.sputniknews.com

ポーランドへの侵略を目論んでいたヒトラーでしたが、ドイツがポーランドへ攻め込んだ際、イギリスやフランスがドイツを攻撃してこないよう、あくまでも先に仕掛けてきたのはポーランドであり、ドイツは自衛のために仕方なく戦争を始めたという体裁にすることを望んでいました。

そこで親衛隊(SS)長官のハインリヒ・ヒムラーにポーランドがドイツを挑発しているように見せかけるための工作を指示し、これはヒムラー作戦と名付けられました。

大小二十の様々な工作からなっていたヒムラー作戦ですが、その目玉といえるのが、ポーランド国境近くのドイツの街グライヴィッツのラジオ局をポーランド軍に扮したSSの兵士が襲撃するというもので、この計画は特別にコンゼルヴェ作戦と呼ばれました。

SS偽ポーランド部隊

この作戦を実行するため、ポーランド語を話せるSS隊員200人が集められました。

その中にはポーランド軍での兵役経験者もいて、彼らは中心にポーランド兵士なりきるための合宿が行われました。

合宿中は日常会話をはじめ、ポーランド語以外の使用は禁止され、ポーランド語で軍歌を歌ったり、ケンカをするのもポーランド語を強要され、食事もすべてポーランド料理という生活でした。

こうして隊員たちはポーランド兵になりきる訓練を受け、8月31日午後4時、隊長であるナウヨックス少佐は『祖母が亡くなりました』という作戦決行を伝える暗号命令を受け取り、行動を開始しました。

ラジオ局襲撃

31日夜、ポーランド兵に成りすました隊員たちは、トラックでラジオ局へと到着。

局の警備員が彼らに発砲しますが、実は警備員も工作員の仲間で、銃口は空に向けられていました。

隊員たちは放送中のスタジオに侵入すると、ポーランド訛りのドイツ語でアナウンサーを脅し、マイクのスイッチを入れたままにしてわざと音を拾うようにし、ポーランド語で会話をしたり、怒鳴り声を上げたりしました。

そして、ナウヨックス少佐が「ドイツとの戦いのときが来た!!」とポーランド人を鼓舞する演説をポーランド語で4分に渡って読み上げました。

最後の仕上げに、あらかじめ捕縛しておいた親ポーランド派のドイツ人を殺害し、その死体を証拠として局に残すと、隊員たちは撤収しました。

翌日、ドイツはこれを口実に、ポーランド侵攻作戦「ファル・ヴァイス(白の場合)」を発動し、約6年にわたる世界大戦の火ぶたが切られました。

その後の大戦争に比べると、ちっぽけな出来事にも見えてしまいますが、第二次世界大戦が引き起こされた裏には、ドイツによるこうした陰謀が存在していたのです。

トンキン湾事件

引用:ja.wikipedia.org

戦争を起こす口実として陰謀を画策するのは、なにもナチス・ドイツのような独裁国家だけとは限りません。

自由と民主主義の国といわれるアメリカ合衆国でも同じような謀略が行われていたこともありました。

9・11テロやイラク戦争における陰謀論なども囁かれますが、ここでは、はっきりと明らかになっている、アメリカのベトナム戦争介入のきっかけとなった、アメリカによるベトナム軍からの攻撃捏造事件であるトンキン湾事件について紹介します。

トンキン湾事件の経緯

引用:http://wikimapia.org

トンキン湾事件とは、1964年8月2日と4日の第一次・第二次トンキン湾事件の2日間の出来事で、アメリカ軍の駆逐艦が北ベトナム軍の魚雷艇から攻撃を受けたというものです。

ベトナム戦争は北ベトナムと南ベトナムの間で戦われていた戦争で、アメリカは南ベトナムの後ろ盾についていました。

1964年7月31日から、アメリカの駆逐艦マドックスがトンキン湾での哨戒行動を開始しました。

8月2日、南ベトナムの艦艇と誤認した北ベトナムの魚雷艇3隻により、マドックスは魚雷2発と機関銃による攻撃を受けました。

マドックスは直ちに反撃を行い、空母艦載機の支援も受けて魚雷艇1隻を撃破し、他2隻にも損害を与えました。

さらに8月4日夜、今度はマドックスと駆逐艦ターナー・ジョイが共同で紹介活動を行っていたところ、再び北ベトナム軍からの攻撃を受けました。

マドックスとターナー・ジョイは北ベトナム艦艇に対し、2時間にわたる反撃を行いました。

トンキン湾決議

引用:http://shibari.wpblog.jp

この事件を北ベトナム軍の敵対行動とみなしたアメリカ政府は、これをきっかけとしてリンドン・ジョンソン大統領はベトナム戦争に本格介入を決め、アメリカ議会は上院が88対2、下院が416対0の大差で大統領の決定を支持する決議を可決しました。

このトンキン湾決議によってジョンソン大統領は無制限といえる戦争遂行権限を与えられました。

すでにアメリカ軍は2日の事件に対する報復として、北ベトナムの魚雷艇基地に対する爆撃を行っており、これに続いて北ベトナムへの北爆、そしてアメリカ地上軍の投入が行われました。

ペンタゴン・ペーパーズと暴かれた真実

引用:http://www.reviewanrose.tokyo

しかし、このトンキン湾事件そのものがアメリカ政府による捏造であったことがニューヨーク・タイムズが入手した裏情報「ペンダゴン・ペーパー」と呼ばれる政府文書によって暴露されます。

これによると、トンキン湾事件はアメリカ国家安全保障局(NSA)によって仕組まれたもので、4日の事件についてはアメリカによる完全な捏造であることが明らかになりました。

北ベトナム軍も2日の事件については認めているものの、当初から4日の事件については否定していました。

さらに、2日の事件についても、駆逐艦マドックスは南ベトナム軍の北ベトナム攻撃に随伴して、北ベトナムの領土内で活動していたという事実が明らかになります。

南ベトナムの軍事行動につきあっていれば、誤って攻撃されることも十分予測できたはずで、もとから攻撃されることを狙っていたとも考えられます。

さらに、アメリカ軍は半年前の2月から「34-A作戦計画」と名付けられた北ベトナム対する秘密作戦を展開しており情報収集や破壊活動、沿岸施設の砲撃などが行われていたこと、議会によるトンキン湾決議文書や北ベトナムの攻撃目標のリストが事件の起きる2か月も前からホワイトハウスで作成され、準備されていたものであったことなど様々なことが明るみに出ました。

トンキン湾事件が、アメリカがベトナム戦争に介入するための口実づくりだったことが白日の下に晒され、ジョンソン大統領は大きな批判を受け、アメリカ議会によってトンキン湾決議は取り消されることとなりました。

MKウルトラ計画

引用:http://gakkenmu.jp

MKウルトラ計画とは、冷戦時代、アメリカの中央情報局(CIA)が極秘裏に行っていた洗脳実験のことです。

1950年代、アメリカ政府はソ連や中国、北朝鮮といった共産主義国家がマインドコントロールの技術を実現させるのではないかという懸念をもっていました。

MKウルトラ計画は、1953年4月アレン・ダレスCIA長官のもと実行に移されました。

ダレス長官の時代に、CIAは冷戦という時代背景もあって、ほかにもメディア操作を行うモッキンバード作戦など様々な陰謀を行っていました。

MKウルトラ作戦は、ナチス・ドイツ時代のドイツの科学者をアメリカに連行し彼らの研究やノウハウを手に入れようとしたペーパークリップ作戦で手に入れた、ナチス時代の拷問、マインドコントロール実験がもとになっているといわれています。

科学者シドニー・ゴットリーブの指揮により、進められた計画では、人間の行動や思考をコントロールするための化学的・生物学的物質、そして放射性物質までもの研究が行われました。

実験は少なくとも1950年代から1960年代まで20年ほどにわたって続けられたとされ、被験者になったのはアメリカ国民で、大学や病院、刑務所、民間の製薬会社などで150以上のプロジェクトが実施されたとされます。

自白剤を用いてスパイを尋問する研究や、超音波を使って記憶を消去する研究などが行われ、特に幻覚剤のLSD(リセルグ酸ジエチルアミド)が多用されました。

被験者のなかには、薬物を注射されたり、長期にわたって隔離状態に置かれたり、間隔を遮断された極限状態に置かれた者もあり、多くの人間が精神的、肉体的に苦しめられ、ダメージを受けました。

77日間にわたってLSDを投与し続けたり、薬物を投与した人間を放置して、反応を調べるという実験もありました。

ほかにも、精神病患者や刑務所の囚人、麻薬中毒者、妊婦などが被験者にされ、合意もないままに薬物投与を受けた人もいたといわれます。

報酬を目的に自発的に参加した人もいたにはいましたが、そういう場合にも実験内容やリスクなど事前に十分な説明を受けることはありませんでした。

実験に参加していた科学者の中にも、自分が何の研究をしているのか知らされていない人間もいました。

LSDによる死亡者も出たといわれますが、はっきりとしたことはわかっていません。

1974年、ニューヨーク・タイムズがこの一連の実験をすっぱ抜いて報道し、CIAがこのような非人道的な実験を行っていた事実が世に知られることになりました。

しかし、MKウルトラ計画に関する文書は1973年、CIA長官リチャード・ヘルムズによって大部分が破棄されており、現在でも計画の全貌を不明のままです。

ロッジP2

引用:urbanlegend-jp.com

フリーメイソンは、ヨーロッパに古くからある互助組合のような組織で、会員同士の親睦を目的とする組織ですが、会員以外には実態のあまりわからない秘密結社です。

そのため、実はこのフリーメイソンが世界を裏から牛耳っているというのは、よく語られる陰謀論の1つです。

実際のフリーメイソンは会員同士の友愛を目的としたものといわれ、多くの場合、こうした陰謀論は単なる都市伝説のようなものとして扱われますが、中にはフリーメイソンが実際に政府転覆の計画を立てていた例が存在します。

それが、イタリアの悪名高いフリーメイソン支部ロッジP2(正式名称:プロパガンダ・デュー)です。

ボローニャ駅爆破事件

引用:www.cara-bologna.net

1980年8月2日、イタリアのボローニャにあるボローニャ中央駅で爆破テロが発生し、85人が死亡、200人以上が負傷という最悪の被害を出しました。

警察は極右思想の持ち主だったリチオ・ジェッリが事件に関わっていると断定します。

ジェッリはムッソリーニのファシスト党に所属していた経歴をもち、第二次大戦後はドイツの戦争犯罪者たちが南米に逃亡するのを援助していたこともありました。

警察がナポリにあったジェッリの邸宅を捜索したところ、奇妙なものが発見されます。

それは、フリーメイソンの支部であるロッジP2の名簿でした。

ロッジP2の違法活動

引用:www.panorama.it

ロッジP2はジェッリが代表を務めていた組織で、儀式のときに黒のローブを纏うことからメンバーはブラックフライアー(黒の修道士)と呼ばれることでも知られていました。

ジェッリが代表に就任したロッジP2は反共産主義活動を加速させ、アルゼンチンやウルグアイなど南米の軍事政権に対して戦闘機、ミサイルなどの武器を買い付ける援助を行ったり、違法に調達した資金でこうした国の政治家たちを援助したりしており、これには南米に逃げていた元ナチスの軍人や親衛隊員たちも協力していました。

こうした反社会的な活動が問題視され、とうとうロッジP2はフリーメイソンから承認を取り消され、正式に破門されることになったのでした。

P2事件

引用:toyokeizai.net

しかし、ジェッリを中心としたメンバーたちは、破門にも懲りることなく、秘密結社フリーメイソンに隠れた秘密結社に対する秘密結社としてロッジP2を存続させ、活動を続けていました。

そして、彼らはついにボローニャ駅での爆破テロという大事件を起こしたのです。

一説には、これを共産主義者の犯行に見せかける計画だったといわれています。

捜査当局が押収した名簿によると、当時のロッジP2には932人ものメンバーがおり、そのなかには、イタリア最後の国王となったウンベルト2世の長男で、第二次大戦後の王制廃止に伴い外国への亡命を余儀なくされていたヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイア元イタリア王太子や、イタリアの現役の将軍30名、国会議員38名、閣僚4名、後にイタリアの首相になり、この当時は実業家だったシルヴィオ・ベルルスコーニのほか、情報機関の人間から大学教授まで、イタリア内外の有力者が多数名を連ねており、「P2事件」と呼ばれ、イタリアのみならず、ヨーロッパ全土を巻き込む大事件へと発展します。

ロッジP2がカトリックの総本山であるヴァチカンと通じていたという話や、マフィアのマネーロンダリングに関与していたという話もあり、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ1世が在任33日で急逝したのも、ロッジP2の暗殺によるものといわれます。

2度目の破門

この事実が明らかになると、フリーメイソンはロッジP2に二度目の破門を言い渡します。

ロッジP2のメンバーの中で、ほかのフリーメイソン支部に所属していた人間も、全員破門の処分にします。

ジェッリはボローニャ駅のほかにも複数の右翼テロや経済事件、国家転覆計画の嫌疑がかけられ、スイスに逃亡して1982年ジュネーブで逮捕されましたが、その後も脱獄と逮捕を繰り返しました。

2003年には、当時首相になっていた元メンバーのベルルスコーニとともにロッジP2を再建する「P2再生プラン」を発表し、世間の話題を集めますが、これが実現することはなく、2015年に死去しました。

逃げおおせた仲間たち

ロッジP2のメンバーの多くはイタリア内外から多くの批判を浴び、後に逮捕されたり暗殺されたりしたメンバーもいました。

しかし、メンバーだったベルルスコーニが1994年にイタリアの首相に就任するなど、事件後も逃げおおせて、イタリア政財界に影響力をもっていた人間も多く存在しており、現在でも裏で暗躍しているのではないかともいわれています。

モッキンバード作戦

引用:answersafrica.com

モッキンバード作戦とは、CIAの名で知られるアメリカ中央情報局が行っていたメディアに対する秘密工作で、ジャーナリストに対して政治や外交についてアメリカ政府の見解を広めることが目的でした。

モッキンバード作戦は、MKウルトラ計画にも関わったアレン・ダレスCIA長官のもとに実行に移され、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、ニューズウィーク、CBSといった大手メディアやジャーナリストが協力していたとされます。

1952年以降、総勢400名ものジャーナリストがCIAのために働いていて、その中にはワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズの発行人やCBSの創業者、タイム誌・ライフ詩の創業者、ピュリッツァー賞を受賞した記者も含まれていました。

マスコミとCIAの結託

引用:theintercept.com

CIAはこうした大手のマスコミや第二次大戦中に政府の情報機関だった戦争情報局にいたジャーナリスト、戦争中に政府の広報に携わっていた人間などを使って海外情勢や各国の指導者に対する情報を意図的にリークし、メディアを通じて自分たちに都合のよい世論形成を図っていたのです。

情報のリークは直接的なものだけではなく、例えば最初に小さな新聞社を通じてリークを行い、その情報がワシントン・ポストのような大手に流れていくように仕向けるという手の込んだやり方もとっていました。

こうしたメディア操作は、1953年のイランでのクーデターなどCIAが関与した海外での軍事介入に関する報道などで特に効果を発揮したとされます。

アメリカのマスコミは、イランでの革命前夜、イランのモサデク首相をヒトラーやスターリンに例えて強烈な批判を行いました。

アメリカのマスコミ各社はこうした政府による露骨なジャーナリズムへの介入に対して文句を言わなかったばかりか、それを受け入れ、なかには自社の海外支局でCIA職員に記者の身分を与えて活動することを許可した会社もありました。

モッキンバード作戦の終焉

モッキンバード作戦は、1975年ごろから存在が知られるようになり、76年には当時のCIA長官だったジョージ・H・W・ブッシュによってこうした発動は禁止されることとなりました。

しかし、2003年のイラク戦争などでもアメリカのマスコミは政府に都合のよい報道を繰り返し行う傾向がありました。

表向きには終わったとされるモッキンバード作戦ですが、CIAとメディアの癒着が本当になくなったのかどうかは現在でも明らかではありません。

北朝鮮の日本人拉致事件

引用:www.jiji.com

北朝鮮による日本人の拉致事件は、1970年代後半から80年代前半にかけて行われたもので、新潟や鳥取、鹿児島など日本各地で日本人を拉致し、北朝鮮へと連行した事件です。

現在でこそ、周知の事実となった北朝鮮による日本人の拉致事件ですが、最初は一部の新聞などで報道される程度であり、その後も、日本国内でも北朝鮮による犯行を否定するような意見もありました。

ソ連が崩壊するまでの冷戦時代には、西側諸国でも共産主義に対するシンパシーをもつ人も多く、朝鮮戦争は北朝鮮ではなく韓国のほうから侵攻したという説を唱えるアメリカの学者もいるほどでした。

日本国内でも、一部の政党では拉致問題を否定し、北朝鮮への食糧援助を渋る日本政府が言い出した陰謀論であると主張していました。

工作機関と拉致事件の手口

引用:www.sankei.com

北朝鮮による拉致は、朝鮮労働党の工作機関「対外情報調査部」および「対外連絡部」によって行われました。

対外情報調査部は、海外での諜報活動や工作活動を行う専門機関で、日本での拉致事件はほぼすべてこの機関が行っていたとされます。

このほか、工作船の運用に関しては「作戦部」と呼ばれる党の諜報機関が行っていました。

北朝鮮がこうした拉致を実施した理由としては、日本人を攫って工作員として教育し、韓国へスパイとして送り込む計画だったといわれていますがはっきりとしたことはわかっていません。

当時の日本は海上保安庁の警備能力が低く、北朝鮮の不審船に対応することができず、外国の情報機関によるこうした行為はまったくの想定外で、工作員の暗躍を許す結果になりました。

北朝鮮は、自国の工作員を工作船(不審船)を使って秘密裏に日本に上陸させ、日本人の戸籍を乗っ取り日本人に成りすます「背乗り」をいう行為をさせます。

そして、「土台人」と呼ばれる在日朝鮮人などから徴募した協力者によるネットワークを介して、諜報活動を行わせていました。

日本人の拉致はヨーロッパでも行われ、1970年に起きた「よど号ハイジャック事件」で北朝鮮に亡命した犯人グループの日本人妻をヨーロッパに派遣し、旅行中の若い日本人を騙して空路北朝鮮に送り込むという手法で、こちらは対外連絡部の主導によって行われていました。

2002年の日朝首脳会談で北朝鮮は拉致の事実自体は認めたものの、その全容については今でも解明されていません。

エシュロン

引用:ja.wikipedia.org

エシュロン(Echelon)はフランス語で「はしごの段」を意味する言葉で、アメリカ国家安全保障局(NSA)が運用している地球規模での通信傍受システムです。

NSAやアメリカ自身はその存在を認めたことはありませんが、以前から欧州諸国によってその存在が指摘されており、2013年には元NSA・CIA職員だったエドワード・スノーデンによって、世界中のインターネット通信を傍受していたことや同盟国での通信傍受を行っていたことなどが暴露されました。

アメリカの巨大通信傍受システム

引用:www.npr.org

エシュロンには、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5か国が参加していて、イギリスとその植民地だったアングロサクソン諸国によって結ばれたUKUSA(the United Kingdom-United States of America)協定によって運用されています。

エシュロンは世界中に19か所に及ぶ傍受基地をもち、日本の三沢基地内部にも傍受施設があるといいます。

エシュロンは無線から携帯電話、ファックス、電子メールまで世界中で使用されている通信の約90%を傍受可能とされています。

収集した情報は分類、分析が行われ、種類ごとにデータベース化されて蓄積され、暗号化されて国内外の情報組織に送られたり、アメリカに不利にならない範囲で運用国や協力国にも閲覧が許可されます。

2001年に北朝鮮の金正男が偽造パスポートで入国しようとした際には、アメリカ政府から日本政府に対して、事前に通知がありましたが、これはエシュロンの情報をもとにしていたといわれます。

新システム「PRISM」

引用:gigazine.net

近年では、インターネット技術も革新が進み、エシュロンもそれに対応するために新バージョンである「PRISM」が導入されました。

スノーデンの暴露した情報によると、PRISMによる通信傍受はいわゆるハッキングとは違い、バックドアを使ったもので、PRISMでは有線データの傍受も可能とされます。

PRISM は、GoogleやFacebook、YouTubeといった利用者の多いサイトやSNSもターゲットにしていて、マイクロソフトやアップルといったIT企業がこれに協力させられていたことも明らかになっています。

トランプ大統領誕生とロシアゲートの陰謀

引用:http://www.1242.com

2017年1月20日、アメリカで第45代にあたるドナルド・トランプが大統領に就任しました。

このときの大統領選挙でロシアの政府機関がサイバー攻撃、インターネットやSNSを使ったプロパガンダを行い、アメリカの世論操作や選挙への干渉を行ったというのが、いわゆるロシアゲートといわれる事件です。

この選挙妨害にトランプ大統領も関与していたのではという報道がされ、アメリカ内外で大きな問題となりました。

2つのハッカーグループ

引用:toyokeizai.net

アメリカ国土安全保障省(NSC)が認めたところでは、ロシア情報機関と通じているとみられるハッカー集団は2015年からすでにアメリカ民主党全国委員会(DNC)の情報システムに侵入していたとされます。

攻撃を仕掛けたハッカーグループは、ロシアの情報機関である連邦保安局(FSB)系の「コージーベア」と、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)と関係のある「ファンシーベア」の2つでした。

コージーベアは不正なURLを貼りつけ、クリックするとウイルスに感染するメールを民主党関係者に送信し、ファンシーベアは民主党選挙対策員会(DCCC)のシステムをハッキングして、これを踏み台にし、DNCのシステムに入り込んだとされます。

このうちどちらかの攻撃が成功し、民主党内のメールが大量に流出させてウィキリークスに公表し、トランプ大統領の対立候補だったヒラリー・クリントンの選挙戦に不利な情報を流しました。

この2つの集団は10年以上前から世界各地でサイバー攻撃を行っており、今回の件では両者に成果を競い合わせるために同じ目標への命令を出した可能性もあるといわれます。

SNS工作

引用:careersupli.jp

さらに、ハッキングだけでなく、TwitterやFacebookなどのSNSを利用した工作も行われていたとされ、ロシアにはこのためのSNS専門情報機関も存在するようです。

この工作は、民主党からの暴露情報のなかに、「IS(イスラム国)を作ったのはクリントン」などのような、でまかせの情報を混ぜたフェイクニュースを作り、それを偽のアカウントを使ってネット上に投稿し、多くのアメリカ人がこれを目にするように仕向け、クリントンに対するネガティブなイメージを有権者に植え付けたというものです。

このために、Facebookで宣伝枠を購入したり、アメリカ人に成りすましたアカウントを作って投稿を行ったり、大量の偽アカウント同士で相互にフォローしあって影響力の強いアカウントのように見せかけるという手法が使われていました。

フェイクニュースの拡散には、ある偽アカウントがフェイクニュースとともにクリントンを批判する書き込みをすると、別の偽アカウントが「それはデタラメだ」と言って反論し、するとまた別の偽アカウントが出てきて最初のアカウントを支持するとともにクリントンを誹謗するフェイクニュースのURLを貼りつけ、それを見た反論アカウントが、「じゃあやっぱりこのニュースは本当だったんだ」と考えを改めるという流れでフェイクニュースを真実のように見せるという、ネット上で架空の論争による手法が用いられ、工作組織内でマニュアル化されていました。

こうした偽アカウントの中には実際に多くのアメリカ人からフォローを集めていたものもありました。

その後、こうしたフェイクニュースを流すなどの世論工作を行ったとしてロシア人13人とインターネット・リサーチ・エージャンシー社、コンコルド・マネージメント&コンサルティング社、コンコルド・ケータリング社のロシア企業3社が告発されています。

この3社はいずれもグループ企業で、ロシアがフェイクニュースの発信などを行うために設立した工作機関のフロント企業だったようです。

トランプのロシア疑惑

引用:www.bbc.com

その後、イギリスの元MI6情報員の証言によって、トランプ大統領がロシアとつながっていて、今回の陰謀にも関与していたのではという疑惑も出ました。

オバマ大統領がこの事件でロシアの外交官などを国外追放したときに、トランプ陣営がロシが関与した証拠はない、とロシアを庇う立場をとったことも疑惑に拍車をかけることになりました。

トランプの関係者がロシアと接触を試みていた可能性があるという情報も出ており、トランプ陣営の人間がロシアの偽アカウントをフォローしたり、リツイートや「いいね」をしていた例もありました。

もし、トランプがアメリカの国益を損なうことをわかっていながら、選挙に勝つためにロシアを積極的に利用しようとしていたのなら大問題です。

しかし、現在のところはトランプ共謀していたというはっきりとした証拠はなく、今後の捜査にもよりますが、現時点では与し易いトランプを大統領の座につけるためロシアが単独で行ったもので、トランプ陣営はロシアのいいように利用されただけというのが真相のようです。

しかし、今回のロシアの工作が大統領選挙やトランプ大統領の誕生に及ぼした影響は、決して無視できるようなものではなかったでしょうし、さらに、アメリカだけでなくヨーロッパ各国の政治や選挙においてもロシアの政府機関の暗躍と工作の可能性が指摘されています。

まとめ

以上、本当にあった陰謀について紹介してきました。

ちまたでいわれる陰謀論の多くは根拠のないこじつけや捏造の類であることがほとんどです。

しかし、陰謀論という言葉が広く使われるようになったきっかけは1963年のケネディ大統領暗殺事件で、暗殺に関する様々な疑惑や政府の公式見解に疑念を持つ人々に対して、そういった意見を非難し封じ込めるためのCIAによるプロパガンダとして使い出された言葉でした。

この言葉自体が1つの陰謀のようなもので、現在でも政府や権力者にとって都合の悪い意見を根拠のない陰謀論として片づけることがないとは言い切れません。

陰謀論を信じ込んだり、陰謀論に躍らされたりするのも避けなければならないことですが、これまで見てきたように実際にあった陰謀も存在し、陰謀論のすべてが荒唐無稽なデタラメだと言い切ることもできません。

私たち一般人としては、偽の情報に惑わされることのないよう、情報の真偽を見極めることのできる能力をしっかりと養っていきたいものです。




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