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日本最強の妖怪ランキングTOP20

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日本の文献や伝承に残された妖怪の数は1,000種にも上るとされ、中には鬼や竜神のように元々は神様としてあがめられていたものが零落して妖怪になったと言われてるものもあります。

多種多様な妖怪の中で、最強と呼ばれるに相応しいのは何なのでしょうか?

最強の妖怪TOP20をランキング形式で紹介していきます。

 

20位 覚

覚は長野県や岐阜県を中心に各地の民話に登場する妖怪で、思いの魔物、山鬼とも呼ばれます。猟師や木こりが山小屋で火を焚いていると現れ、人の心を読んで考えていることを言い当てて取って喰おうとすると言われています。

音もなく人間の傍に近づいてくることから、それなりに素早く動けると予想され、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』によると真っ黒で長い体毛に覆われており、人間の言葉を巧みに操ると解説されています。

心が読めると言うのは便利な能力なのですが、覚は臆病な性質なのか人が囲炉裏にくべた薪が自分にぶつかっただけで逃げ出した、心を読んだ相手が自分を殺そうと思っていたことを知って逃げ出したといった伝承も多く、機転を利かせれば人間1人でも撃退できる相手のようです。

 

19位 片輪車

片輪車は『諸国里人談』や『譚海』などに登場する妖怪で、火炎に包まれた片輪の車に女、もしくは男が乗っているという外見をしています。

片輪車は夜な夜な町を徘徊し、姿を見たり噂をするだけでも不幸になると言われることから人々は夜は家の扉を固く閉じて、屋外には出なかったそうです。

物好きな人間が家の戸から片輪車の姿を見るとその家の子供を攫うという伝承もあり、京都の東洞院通りに夜な夜な片輪車が現れた際には、ある家の女が好奇心で戸口からこの姿を見ると鬼のような形相の男が人間の片足を咥えて片輪の車に乗っており、女の顔を見るなり「自分の子供を見ろ!」と恫喝してきたと言われています。

慌てて女が自分の子供の元に戻ると子供は股から引き裂かれて片足が食いちぎられた姿で倒れており、つまり片輪車が咥えていたのはこの子供の足であったと言う話なのですが、この話は女は家内のこと以外に興味を持ってはいけないとの当時の風潮が反映されているとも考えられています。また片輪車の妖怪というと輪入道も有名ですが、かつてはこの2つは同じ妖怪であったとも言われいるようです。

 

18位 清姫

清姫は『今昔物語集』や『京鹿子娘道成寺』といった物語に登場する妖怪で、平安時代中期に編纂された『大日本法華経験期』には、すでにその原型となる話が見られます。

昔、奥州白川に安珍という山伏がおり、紀州に熊野詣に行く際には決まって同じ家に宿を頼んでいました。この家には「清姫」という名の美しい娘がおり、安珍は戯れに清姫を妻にしようかと言ってしまいます。

これを真に受けた清姫は安珍につきまとい、面倒になった安珍はこっそりと宿を出るのですが、騙されたことを知った清姫は怒り狂って安珍を追い、現在の和歌山県日高郡を流れる川付近で追いきます。

ここまで懸命に追いすがってくる清姫を不気味に感じた安珍は呪文で彼女を足止めしようと試みますが、清姫は大蛇の姿になって安珍をさらに追いかけ、逃げ込んだ道成寺の釣り鐘もろとも彼を焼き殺してしまいました。

これが安珍清姫と呼ばれる物語なのですが、妖怪の多くが山伏を苦手とする中、積極的に山伏に近づいた挙句焼き殺している清姫はかなり強力なのではないかと考えられます。

 

17位 土蜘蛛

土蜘蛛は『日本書紀』や『古事記』など多くの文献に登場する巨大な蜘蛛の姿をした妖怪です。『平家物語』の剣の巻にある源頼光による土蜘蛛退治の話が広く知られ、絵巻物や芝居によると源頼光は土蜘蛛の呪いで病気になり、源頼光と渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武の四天王によって討伐されています。

土蜘蛛は人間と会話をするために僧侶や美女の姿に化けることもあり、金縛りや幻術などを使って人間を動けなくしては糸でからめとって、住処の洞窟に運び込んで食べると恐れられてきました。土蜘蛛によって2,000人もの人が食べられたと言う伝承もあるほどです。

そのような恐ろしい妖怪である土蜘蛛ですが、元々は朝廷に従わない未開の土地の住民に対する蔑称であったとの考察もあるのです。

奈良県の葛城山中にいたとされる土蜘蛛は、背が低く手足が長く、洞穴の中で生活をしていたと言います。さらに葛城山の一言主神社には土蜘蛛塚という小さな塚があるのですが、これは神武天皇が葛の網で土蜘蛛を取り押さえ、頭と胴と足の3つに分けて、別々の場所に亡骸を埋めたという言い伝えがあります。

この伝承の土蜘蛛は差別と侵略を受けていた先住民のことで、遺体をバラバラにしたのは先住民が怨霊化するのを恐れてのことだったと考えられているのです。

 

16位 イクチ

イクチは『譚海』や『耳嚢』に見られる海に現れる妖怪で、関東、近畿、九州と幅広い地域に伝承が残っています。

イクチの外見は鰻に似ており、太さはそれほどではないものの長さは測りきれない程長く、イクチが船をまたいで通過するには十二刻もの時間を要すると言います。

さらにイクチは大量の粘液を体から出すため、船を通過する際にはこれを船内にこぼすため、船員は汲みだすのに苦心したとの話もあるそうです。

積極的に人を襲った、食べたと言う伝承はないようですが、九州に現れたイクチは船の上を通過するのに2~3日の時間を要する程大きかったとされ、数多の妖怪の中でもトップクラスの大きさと考えられます。

 

15位 鉄鼠


引用元:https://www.deviantart.com/

鉄鼠は鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に描かれた妖怪で、頼豪阿闍梨という平安時代に天台宗園城寺にいた僧が怪異となったものです。

頼豪は霊験あらたかな僧侶で、ある時白河天皇に皇子誕生の祈祷を命じられてこれを行ったと言います。

皇子が生まれれば褒美を出すとの約束だったのですが、祈祷が通じて皇子が誕生した後も天皇は約束を破り、円城寺に戒壇を建立すると言う頼豪の望みを却下しました。

この時、山門延暦寺と寺門円城寺の対立が激しく、白河天皇は延暦寺への忖度で頼豪との約束を無碍にしたのです。

このことを激しく恨んだ頼豪は百日にも及ぶ断食の後に夜叉のような形相で息絶え、やがて鉄の牙を持った大鼠として蘇り、無数の鼠を引き連れて延暦寺を襲ったと言います。

延暦寺は東坂本に頼豪を神として祀り、怨念を沈めたとされます。この社の他に栃木県にも鉄鼠と鼠が攻め入ってきたという伝承があり、この時は勝軍地蔵が塚の中に鉄鼠を封じたと言われています。塚は「来鼠塚」として栃木県小山市に現存し、今では愛宕塚とも呼ばれているようです。

 

14位 野槌

野槌は槌の形をした怪蛇で、近年ではツチノコの一種として扱われることもあります。

しかしそのルーツは古く、『古事記』や『日本書紀』にも萱野姫という名前で野槌は登場しています。萱野姫はイザナミとイザナギが天地山海樹木の神の次に生んだ野の神として記されており、兄弟神である大山津見と夫婦となって諸神を誕生させたとされます。

時代が下って鎌倉時代になり、仏教が盛んになると野槌は説法の中にも登場するようになり、仏法を己の名利のために学び、弁はたっても真実を見抜く慧眼が無く、信の手も戒めの足も持たぬ僧侶は口だけしか持たない野槌に生まれ変わると恐れられるようになりました。

さらに時代が下って江戸時代になると野槌は『和漢三才図画』に描かれ、そこでは長さが約90cmほどの蛇で、現在の奈良県の夏実川や清明滝に姿を現す妖怪へと姿を変えています。

江戸時代に入ると神様であった名残はほとんどなく、現代に伝わるツチノコとほとんど変わらない姿と能力を持つものとして扱われていますが、元はイザナミとイザナギにつくられたうえに土地の神を産んだ怪異であると考えると、それなりの強さはあったと考えられます。

 

13位 龍


引用元:http://matthewmeyer.net/

龍は河川や湖沼、海に棲む妖怪で日本各地にその伝承が残されています。頭は駱駝、角は鹿、眼は鬼、耳は牛、腹は大蛇、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎に似ていると言い、口髭を生やして喉の下に1枚だけ逆さに生えた「逆鱗」というものを持ちます。この逆鱗に触れたられると、龍は激怒して人を殺すと言われており、ここから「逆鱗に触れる」という言葉が誕生しました。

声は銅鑼打ったような音で、元々は古代中国に起源を持つ水神であり、漢の時代には龍に雨乞いの祈祷をしていたという記録も残っています。

日本には弥生時代には伝わっていたようで、龍の文様のある土器も出土されているそうです。日本における龍は、中国のものに日本古来の蛇神信仰や土着の水神信仰が結びついてつくられたと考えられています。

日本の龍ならではのものとして、雨乞いだけではなく信仰することで大漁を約束する、怒らせると洪水や豪雨といった水にまつわる災害を招くと恐れられ、泳ぎが得意なだけではなく空も飛べるうえに雷を落とせるといった特徴が見られます。

 

12位 大百足


引用元:http://www.nichibun.ac.jp/

大百足も各地の伝承に残る巨大妖怪の1つですが、面白いことに大蛇の天敵として物語に登場することが多く見られます。

例えば『今昔物語集』の中には、加賀国(石川県)に流れ着いた漁師が若者に姿を変えた大蛇に助けを請われて、大百足と大蛇の戦いに加勢し、大蛇を助けた功績が認められて島を与えられたと言う話があります。

また群馬県の赤城山と栃木県の日光の神が戦った伝説でも、赤城の象徴は百足、日光の象徴は蛇の姿をした神とされ、日光の大蛇は弓の名手の力を借りて大百足を撃退したと言う逸話が残されており、基本的にどの説話でも1対1の戦いでは大蛇は大百足には勝てないという展開になっているのです。

蛇が百足に弱いと言うのはもともと中国で言い伝えられてきたことで、『五雑組』という明の時代の古書には、百足は体長が30cm程度になると空を飛び、龍も百足を恐れて雷で撃ち落とそうとするという一説もあります。

なぜ百足を龍や蛇が恐れるのかは不明ですが、神の化身として扱われ、龍や大蛇といった信仰の対象となる存在の天敵とされたということから、大百足が並の妖怪ではないことが窺えます。

 

11位 海坊主

海坊主は各地の沿岸部に数多くの伝承を残している巨大妖怪で、海上で姿を見ただけでも不幸な目に遭う、船を沈没させる、人を海中に引き込むというようものから、柄杓を貸すと去っていったというものまで様々なものが見られます。

海坊主は夜の海に現れることが多く、穏やかな海から突然出現し、全身真っ黒な姿をしていてだいたい半身だけ海上に出てくるとされ、半身だけでも巨大なものでは数百mもあるとされます。

巨大さゆえに海面に姿を見せただけでも船を数隻沈めることができるうえに、天候も自由に操る能力があって嵐を起こすことができるとも言われています。

また変化能力がある海坊主もあり、愛媛県宇和島市には海坊主が按摩に化けて漁師の妻を殺した、宮城県気仙沼市には海坊主が美女に化けて人に近づいてきたといったような伝承も残っており、それなりの知能がある妖怪とも言えるでしょう。

さらに愛媛県温泉郡中島町には海坊主を見ると幸せになれると言う伝承もあり、地方によっては神格化されているようです。

 

10位 牛鬼

牛鬼は近畿、中国、四国、九州に伝承が残る妖怪です。牛の頭に蜘蛛の体、あるいはその逆の姿で描かれ、性質は極めて獰猛で狂暴、人間や家畜を襲って食べると恐れられ、沿岸部や淵のある山間部に牛鬼の登場する民話が残されています。

四国や近畿地方には牛鬼淵あるいは牛鬼滝という牛鬼にまつわる淵や滝が数多く残されており、中には和歌山の牛鬼淵に出る牛鬼のように、出会うだけで人を病気にさせたり、人の影を舐めるだけで食い殺したといったような恐ろしい伝承もあるのです。

また山陰や北九州の沿岸部では、牛鬼は濡れ女や磯女という女の妖怪と共に姿を現すと言われています。

濡れ女や磯女という人間の女性の顔を持った大蛇の妖怪で、普通の女性の姿に化けて赤ん坊を抱いた姿で水辺に現れて、赤ん坊を抱いて欲しい、食べ物が欲しいなどと言って相手を油断させ、そこに牛鬼が出てきて人間を食べるという言い伝えも見られます。

瀬戸内海では牛鬼にちなんだ地名も多く見られ、岡山県邑久郡牛窓町、山口県光市牛島などは牛鬼が現れたことにちなんで付けられた地名だそうです。

福岡県久留米市にある石垣観音寺には、牛鬼の左手のミイラが保管されており、この土地にも牛鬼が現われて僧侶が討伐したという牛鬼伝説が残されています。


引用元:http://ishikakizan-kannonji.jp/

牛鬼の他にも浅草寺に現れたという牛御前など牛の頭を持つ妖怪は複数いるのですが、これらの妖怪には毒を吐くという共通の特徴が見られます。

そしてスサノオノミコトは別名・牛頭天王と呼ばれており、神でありながら狂暴な面を持っていたことから、牛鬼や牛御前はスサノオノミコトの化身であり、毒気とはスサノオの瘴気なのではないかという説もあります。

 

9位 酒呑童子

酒呑童子は丹波の国(現在の京都府)の大江山を根城にしていたと言う、鬼の総大将です。多くの眷属を従えて、都から人を攫ってきては食べると恐れられてきました。

酒呑童子が誕生の背景には様々な説があり、八岐大蛇の落とし子であるという説や、奈良の白毫寺には人を襲って食べてしまう稚児がいて、その子供が成長して酒呑童子になったという説、丹後の国に漂着したシュタイン・ドッジという名前のドイツ人(オランダ人という説も)が、盗賊となって大江山に住み着き、大柄な体躯と血のように赤い葡萄酒を飲む様子が鬼として伝わったと説も存在します。

また酒呑童子がいたのは大江山ではなく同じく京都府内にある大枝山だという説もあり、『平安遺文』によると平安時代には大枝山の山中には20人からなる強盗団がいたとして、これが酒呑童子と眷属のモデルとも考えられているのです。

絵巻物や御伽草子では源頼光と四天王によって酒呑童子は討伐されたという結末を迎えますが、源頼光がこの時に使った刀が天下五剣の1つである童子切安綱とされており、この銘も酒呑童子を斬ったことにちなんで付けられたとされます。

 

8位 シチ


引用元:https://okinawa-labo.com/

シチは奄美諸島の喜界島や沖縄県に伝わる妖怪で、お産で死んだ母親の霊がシチになると言われています。霊と言っても人間の姿は持たず、天と地を繋ぐほどの巨大な黒い円柱のような物体で、道の端に存在して人間を迷わせ、時には数十kmも離れたところに移動させることもあるそうです。

沖縄ではシチはシチマジムンと呼ばれ、魔物の中で最も恐ろしいものとの言い伝えもあります。シチマジムンの体は巨大で、天まで届いたり地に広がり続けることができ、得体が知れず、どこまで逃げても伸びて追いかけてくると恐れられているのです。

沖縄にはシチ以外にもマムジンという魔物が数多く生息しているとされ、道の辻々に石敢當(いしがんとう)と書かれた石が配置されています。この石敢當はマムジンが家の中に入ってこないようにするためのものであり、現在でも石敢當は数千円から販売されているなど、この風習は残っていると言います。

 

7位 ハクタク

ハクタクは本来は中国の霊獣・神獣であり、江西省の東望山にいるとされ、人の言葉を話してその時代の皇帝が徳に厚ければ姿を見せて助言を寄越すと言われてきました。

『和漢三才図画』によると、黄帝が東海に至った時にハクタクの助言によって害を排除したととされ、黄帝に中国には1万1520種もの妖怪がおり、その特徴を仔細に教えることで妖怪による被害を未然に防いだとの伝承があります。

ハクタクは知能が非常に高く森羅万象に通じており、黄帝はハクタクから得た知識を画家に書きとめさせ、これを「白沢図」として頒布したと言われています。

日本に伝わってきた時のハクタクは獏と混同されており、絵札にして持つと魔除けになると信じられていました。ハクタクの姿は人の顔を持った獏のような獣で、顔には3つの目を持ち、両方の脇腹にも3つずつ目を持つとされます。

東京都目黒区にある五百羅漢寺にある獏王像も、どう見てもハクタクの姿をしており、本来はハクタク像であったと見られています。疫病を払ってくれるなど、人間に益を成してくれることから漢方薬局などにハクタクの彫像が置かれることもあります。

 

6位 白面金毛九尾狐

白面金毛九尾狐は、美女に化けるのが非常に得意な最高位の妖狐であり、インドではマガダ国の太子に取り入って妃の華陽夫人になり、中国の殷では紂王の妃の妲己となり、周では幽王に取り入ったと言われています。

そしてそれぞれの王を美貌と知恵で意のままに操り、悪政に走らせたて国を傾けてきたと伝えられてきたのです。

平安の日本でも玉藻前という美しい女官に化けて宮中に入り込み、鳥羽天皇の心を奪ったものの、陰陽師の安倍泰成に正体を暴かれて栃木に逃れ、そこで退治されたと言う伝承が残されています。

体は朽ちても白面金毛九尾狐は常に毒気を吐き続け、この石は「殺生石」として恐れられてきました。殺生石の周囲にある植物は枯れ、上を飛ぶ鳥さえ毒気で落ちてくると言われてきましたが、これは単に石の付近から硫化水素が流れ出ており、そのために近づいた動植物が命を落としていたのですが、かつては科学的な理由があるとは分からなかったため九尾伝説と結びつけられたのです。

 

5位 大天狗


引用元:https://kknews.cc/

天狗には下位の烏天狗と上位の大天狗がおり、主に山に棲んで神通力を使い、様々な怪異を引き起こす存在とされてきました。

怨霊が天狗となって災いをもたらすとも言われており、崇徳上皇が死んだ後も天狗になったと言われる程、上位の天狗は妖力が高いものとして扱われています。

また山岳宗教の修験道では天狗は山の精霊という捉えられ方をすることもあり、山岳信仰と結びついて寺院や修験者を守護する存在ともされてきました。天狗が法衣のようなものを身につけた山伏の姿で描かれるのはこのためだと考えられており、時に神通力を使って神隠しや暴風雨を起こすとして恐れられてきたと言います。

江戸時代に入ってからは迦楼羅面をつけた烏天狗を束ねるのが、赤い鼻を持つ大天狗であると言う話が付け加えられて絵物語にたびたび登場するようになりました。

山で起こる怪異現象の全てが天狗の仕業と考えられるほど、強力な神通力を持つ一方で剣術にもたけており、源義経に剣術を教えた大天狗がいたとの伝承もあります。

さらに大天狗が持つ羽団扇には熱風、投石、放火、消火などの様々な現象が起こせる力があるうえ、透明になれる天狗の隠れ蓑という道具も持っていると言われています。

 

4位 八岐大蛇

八岐大蛇は『古事記』や『日本書紀』に見られる大蛇の妖怪です。高天原を追われたスサノオノミコトが出雲の斐伊川の上流に天下った時、そこで出会った足名椎と手名椎夫妻の娘であるクシナダヒメが八岐大蛇の生贄になることを知り、これを討伐したことで知られます。

八岐大蛇の外見は苔むした体に檜や杉の巨木が生え、腹からは常に血が流れ続けて醜く爛れ、眼は鬼灯のように赤くて8つの谷、8つの尾根に跨るほど巨大であると記されており、見た目のグロテスクさでは全妖怪一とも言えるでしょう。

八岐大蛇の正体はこの神話の舞台となる斐伊川そのものだったと言う説もあり、度々氾濫しては民を苦しめたこの河川を大蛇に例えたとも考えられています。

またクシナダヒメは『日本書紀』の中では「奇稲田姫」と表記されることから、水害を抑えて田畑を守ると言う願望を込めて八岐大蛇とスサノオノミコトの話がつくられたとも考察されているのです。

また八岐大蛇はたたら製鉄そのものの暗喩だという説もあり、討伐した時に入手できた草薙の剣は製鉄の技術を指すと言う説も存在します。

 

3位 ダイダラボッチ

ダイダラボッチは関東、中部を中心に東北から四国まで広く伝承を残す巨人であり、日本各地の沼や山を作ったという伝説の持ち主です。

中でも一番スケールが大きいものは『奇談一笑』にある近江の伝説で、富士山はダイダラボッチが近江の国(滋賀県)の地面を掘った時に出た土でつくられたというものです。

掘ったあとは琵琶湖となり、ダイダラボッチが途中で落とした土の塊が、富士山と琵琶湖の間の山々となったと言われています。妖怪というよりも国を作った神に近い存在で、干拓工事を行うなど人間を助けることもあったとされます。

 

2位 天逆毎

天逆毎は、スサノオノミコトの腹にたまった猛気が吐き出されて作られた女の妖怪で、天狗やアマノジャクの祖先とも考えられています。

体は人間、頭は獣、天狗のように鼻が高く、耳も牙も長いという風貌をしており、自分の思い通りにならないと荒れ狂って怒り、力自慢の男神でも高い鼻にひっかけて千里の彼方に飛ばしてしまう、強力な刀や矛でも牙で噛んで砕いてしまうと言われています。

またアマノジャクのルーツと言われるだけあって性格も非常に難しく、左にあるものを右と言い、上にあるものをしたと言うように正直にすることができず、彼女が1人で身ごもって産んだ息子も良きことを全く成さない神であったそうです。

息子の名前は天魔雄神といい、八百万の神を困らせる程に素行が悪く、荒ぶる神や反抗的な神は皆これに従い、人の心に憑りついては勇敢な者を鼓舞したり臆病者を惑わせたりしたとされます。

 

1位 山本五郎左衛門

山本五郎左衛門は、広島県三次市に伝わる『稲生物怪録』に登場する妖怪で、神野悪五郎という魔物とともに魔王の座をめぐって、インド、中国、日本と渡り歩いたと言う伝承を持ちます。

多くの眷属を従えた妖怪の王とされ、三つ目の烏天狗の姿で現れることや40代ほどの侍の姿で現れることもあると言いますが、そのどれもが仮の姿とされています。

『耳嚢』などにも登場しますが、基本的に自分を恐れない人間には寛容であり、眷属の妖怪が引き起こしていた怪現象を止めることもあると書かれています。

妖怪の親分と言うとぬらりひょんのイメージがありますが、実はぬらりひょんは『画図百鬼夜行』や『化け物づくし』といった絵巻物に数多く姿が描かれているものの、どのような妖怪なのかは一切触れられていません。

ぬらりひょんが妖怪の親分という設定は藤沢衛彦の『妖怪画談全集』の中に見られる「まだ宵の口の灯影にぬらりひょんと現れる妖怪の親玉」という一文から来たと考えられていますが、この文章も絵から想像したものに過ぎず、ぬらりひょんを妖怪の総大将とする根拠とはならないと考えられているのです。

あまり多くの情報が残されている妖怪ではないのですが、ぬらりひょんのように具体的なエピソードを持たず、1枚の絵から妖怪の親玉という設定が付いた妖怪と違い、魔界の王とはっきり文献に残されていることから山本五郎左衛門が最強の妖怪と言えるでしょう。

 

まとめ

日本に伝わる妖怪の中から、最強と思われるものをランキング形式で紹介致しました。

現在では水木しげる氏の影響もありぬらりひょんが最強という意見もあり、妖怪が民俗学と深く結びついていることから考えると、時代で最強の妖怪が変わるというのも不思議ではないと考えられます。

また近年誕生したリョウメンスクナやコトリバコといったネット発祥の怪異などを含めた場合、ランキングの順位も変わってきそうですね。



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