夏の海水浴、サンゴ礁や岩礁域でシュノーケリングをしていると魚以外にも様々な生物に出会いますよね。
そんな中に手のひらサイズの小さな可愛らしいタコを見かけたことのある人がいるのではでしょうか。
岩や海藻に擬態しているその小さなタコを見つけて嬉しくなっても、うかつに手を出してはいけません。
もしかしたらそれは猛毒を持った海洋危険生物のヒョウモンダコかもしれないのです。
「たかが10cm程度のタコに何ができるの?」と不用意に手を出して噛まれたら最後、もしヒョウモンダコだったらその毒によって最悪の場合死に至ります。
今回はそんな海のバイオハザードのヒョウモンダコについて紹介していきます。
ヒョウモンダコとは
ヒョウモンダコはマダコ科ヒョウモンダコ属に属する4種類のタコの総称で、日本で見られるヒョウモンダコ属は2種類います。
日本で広く見られ、ヒョウモンダコという種小名をもつのはHapalochlaena fasciataです。
もう1種はオオマルモンダコHapalochlaena lunulataで、注意喚起のポスターやインターネットなどでヒョウモンダコの写真と間違って使われていることが多いです。
今回はヒョウモンダコHapalochlaena fasciataを紹介していきます。
引用;https://www.pinterest.jp/
ヒョウモンダコの生態
ヒョウモンダコは大きさ10cm前後、体重25g程度の小型のタコで、カニやエビなどを主食としますが捕まえられれば魚も食べる肉食動物です。
ストレスや食べ物が不足した状況下では共食いも行います。
基本的には大人しい性質ですが刺激を与えたり敵に襲われそうになったりすると威嚇し、それでもやめない場合には噛みついてくるという獰猛な一面を持っています。
日本からオーストラリアにかけての西太平洋熱帯域・亜熱帯域といった温かい海の浅瀬に広く分布し、日本では房総半島以南の小笠原諸島や南西諸島などの沿岸にあるサンゴ礁や岩礁域に生息しています。
引用;https://blog.goo.ne.jp/
ヒョウモンダコの特徴
ヒョウモンダコの最大の特徴は威嚇時に体表に表れる美しい蛍光のブルーリングです。
ヒョウモンダコは胴体部(丸い頭のように見える部位)にライン、足の部分にリングの蛍光ブルーの模様が複数表れます。
この蛍光ブルーの模様がヒョウ柄のように見えたことから「ヒョウモンダコ」と呼ばれるようになりました。
しかし、ヒョウモンダコは普段、他のタコ類と同じように周囲の岩や海藻などに擬態をしているので刺激を受けなければこのヒョウ柄模様は出てきません。
そのため普通のタコ類と全く見分けがつかないので「ヒョウ柄がないからヒョウモンダコではない」と決めつけるのは危険です。
ちなみに擬態していないときは黄色い体に全身が褐色の縞模様のトラ柄をしています。
引用;http://mn0323.blog.fc2.com/
ヒョウモンダコの生息域
通常、房総半島以南の温かい太平洋の浅海でしか生きることができないヒョウモンダコですが、1999年以降大阪湾で発見されてから日本海側で次々に発見されています。
日本海側では現在福井県までの各地でヒョウモンダコの発見報告がされており、特に九州北部で多く発見されています。
太平洋側でも年々見つかるヒョウモンダコの数が増えてきています。
ダイビングスポットがあり昔からヒョウモンダコが生息していたとされる静岡県伊豆半島では、2003年からヒョウモンダコの発見事例数の調査が開始されました。
ヒョウモンダコの発見事例は2003年から2006年の間では30前後、大量発生時でも80程でしたが、2007年以降は120前後と明らかに増えています。
また、寒い日本海では越冬できないと考えられていたヒョウモンダコですが、2018年11月には福岡県で発見されるという前代未聞なニュースもありました。
ヒョウモンダコの北上の原因は地球温暖化による気温・海水温の上昇によるものだとされています。
引用;https://pixabay.com/
ヒョウモンダコの寿命
ヒョウモンダコの寿命は1年だと推測されています。
伊豆半島のような温かい海では夏季に生まれたヒョウモンダコが越冬し、春先に産卵してその生涯を閉じるというライフサイクルだと考えられています。
そのため、冷え込む日本海ではヒョウモンダコは越冬できないとされてきました。
引用;http://skaphandrus.com/
ヒョウモンダコの毒
ヒョウモンダコが猛毒ダコや海洋バイオハザードと呼ばれる所以は、ヒョウモンダコがもっている毒の種類にあります。
ヒョウモンダコは「テトロドトキシン(Tetrodotoxin:TTX)」という猛毒を持っていて、これは世間一般でいうところの「フグ毒」のことです。
ヒョウモンダコがフグとは違い海で出会うと危険とされるのは、このテトロドトキシンがヒョウモンダコの唾液腺にあるため、フグのように食べなくても海でヒョウモンダコに噛まれるとテトロドトキシンを含んだ唾液を注入されてしまうからです。
ヒョウモンダコ1匹あたりが持っているテトロドトキシンの量は健康な成人男性10人分の致死量に達することがわかっています。
ヒョウモンダコの毒「テトロドトキシン」とは
ヒョウモンダコやフグがもつテトロドトキシンは、ドラマやアニメの殺人事件でよく使われる青酸カリの500~1000倍の毒性を持っています。
生物が生産する毒の中ではワースト10に入る神経毒で、摂取量にもよりますがおおよそ5~30分後に中毒症状を起こし2時間以内には死んでしまうほどの猛毒になります。
人間の致死量は2~3mgで、家庭でよく使われる食卓塩が1粒0.1mgなのを考えると「およそ塩20~30粒ほどの量のテトロドトキシンで人間を殺せる」ということになります。
現在、テトロドトキシンには解毒剤や拮抗剤はないので、毒が体内に入ってしまったら時間と処置の正確さとの勝負になります。
引用;https://ja.wikipedia.org/
ヒョウモンダコの毒(テトロドトキシン)の症状は?
テトロドトキシンによる中毒症状はフグを食べたときに起こる症状と同じで、臨床的に4段階に分けられます。
①舌先や唇・顔・首など頭部にしびれが表れ、指先にもしびれが起こり、歩くことができなくなります。
②目がかすむ・瞳孔が開いたままの状態になるなどの視力障害、舌が回らなくなる・口が上手く動かないなどの症状から言語障害が出て、嚥下困難(口の中のものを飲み込めなくなる)が表れます。
その後嘔吐すると、急激な脱力感で立てなくなり、呼吸がしづらくなって、血圧が低下し始めます。
③全身が完全に麻痺し、動くことはおろか言葉を発することもできなくなります。
血圧はさらに著しく低下し、呼吸困難に陥ります。
④意識を失い、呼吸が停止、やがて心臓が停止して死亡します。
注入された毒の量が多ければ15分程度で呼吸麻痺が始まって、90分以内に命を落としますが、24時間生存できれば問題ないといわれます。
じんましんや皮膚のかぶれなどアレルギー症状が出ることもあります。
引用;https://pixabay.com/
ヒョウモンダコに噛まれたら即死する?
ヒョウモンダコに噛まれたら絶対死ぬのかというと、そうでもありません。
ヒョウモンダコが噛んで唾液が体内に入ってしまったら危険という意味で、噛まれたことが分かった時点で適正な処置を施せば助かる可能性が高くなります。
しかし、ヒョウモンダコに噛まれても痛みを感じないことがあるので、出血などの傷や症状が出て来てから気付くことも少なくありません。
噛まれても毒が必ず注入されるわけでもないので、ヒョウモンダコに噛まれてもアレルギー症状で済んだり、何も症状が出なかったりするという幸運な人もいます。
一説では5mm以上深くかまれると毒が注入されている確率が高くなるともいわれています。
現在、ヒョウモンダコに噛まれたことによる死亡例はオーストラリアでは報告されていますが日本ではまだありません。
引用;https://pixabay.com/
ヒョウモンダコに噛まれた時の応急処置
ここでヒョウモンダコに噛まれた時の応急処置を紹介しておきます。
①噛まれた部位から心臓に近い方をタオルや紐などで縛り、全身に回らないようにしましょう。
②患部を流水で洗い流し、毒を絞り出しましょう。
患部から毒を直接口で吸い取るのは大変危険ですので絶対にしないでください。
③素早く病院に行きましょう。
ヒョウモンダコに噛まれたことが分かった時点で症状が軽くても救急車を呼ぶようにし、救急車が来るまで呼吸を整え安静にしていましょう。
引用;https://pixabay.com/
ヒョウモンダコはテトロドトキシンを自分で作っている?
水産系や生物系に詳しい方には「フグはフグ毒を作らない」ということを知っている人もいるのではないでしょうか。
フグは毒を持っている小さな貝やヒトデ、藻類などの生物を食べてそこから毒を体内に蓄えています。
そのため、完全人工養殖すると無毒のフグを作ることができます。
ではヒョウモンダコはどうでしょうか。
実はヒョウモンダコもテトロドトキシンを自分で作っていません。
しかしフグとは違ってヒョウモンダコの場合、体内にあるバクテリアが海に溶け込んでいるテトロドトキシンを作り出す海洋性細菌を使って生成しています。
引用;https://www.gizmodo.jp/
ヒョウモンダコは毒のせいで軟弱?
ヒョウモンダコはこの強力なテトロドトキシンという猛毒を持ったことによって攻撃・防御・摂餌すべてをその毒に頼っています。
そのためか、ヒョウモンダコの身体的機能は他のタコ類と比べて明らかに弱々しくなっています。
ヒョウモンダコの吸盤は小さく、他のタコ類と比べて引っ付く力が非常に弱いです。
また泳ぎは苦手で素早い動きもできないため、海底をゆっくり這って移動をしています。
外敵から逃げるためにあるはずの墨を蓄えるための墨汁嚢も退化してしまっています。
引用;http://203.138.30.148/v.cgi?id=1829
ヒョウモンダコは食べられる?
「ヒョウモンダコの唾液腺にテトロドトキシンがあるから、唾液腺を取り出してしまえば食べられる」といった情報がありますが、残念ながら唾液腺を取り出してもヒョウモンダコは食べられません。
その理由は2018年長崎大学の竹垣准教授らの研究によって「ヒョウモンダコは唾液腺だけでなく、筋肉やその皮にもテトロドトキシンがあるということを再確認できた」という報告がされたからです。
つまり、唾液腺を取り出したところでテトロドトキシンの脅威を免れることは出来ませんし、テトロドトキシンは300℃以上加熱しても分解されることはないので食用には全く向きません。
また、ヒョウモンダコは死んでもその毒が消失することはないので、生き死に関係なくヒョウモンダコを素手で触るのも危険ということになります。
海で出会っても触らず近づかず、海水浴場の管理者やライフセイバーにすみやかに報告しましょう。
引用;https://pixabay.com/
ヒョウモンダコの天敵
ヒョウモンダコの天敵については、未だヒョウモンダコの調査・研究が進んでいないため現段階では分かっていません。
ですが、巷では「コウイカはテトロドトキシンが効かないしタコも食べるから天敵!」というような説が出回っていますね。
実際調べてみましたが、コウイカにテトロドトキシンが効かないという研究・文献は見つかりませんでした。
しかしテトロドトキシン耐性以前に、コウイカの生態をみてみるとヒョウモンダコの天敵になるというのは難しいのではないかということがわかりました。
コウイカがヒョウモンダコの天敵にならない理由は3つあります。
①食性の特徴
コウイカは底生性のエビやカニなどの甲殻類を主食とし、捕まえられれば魚を食べる肉食動物です。
タコも勿論食べられると思いますが、好んで食べるという根拠のある記述はありません。
②生活圏の違いと生活環の合致
コウイカは基本的に水深10~150mの砂底や砂泥域の海を回遊しているので、岩礁域やサンゴ礁のある浅海に生息しているヒョウモンダコとは生活圏がそもそも合いません。
コウイカは繁殖期の3~6月にかけて産卵のため内湾の浅い場所へ移動しますので被るとしたらこの時期だけですが、コウイカは産卵後すぐに死んでしまいますし、ヒョウモンダコも春先に産卵した後はすぐに死んでしまいます。
この短期間でコウイカは普段食べなれないヒョウモンダコをわざわざ食べるでしょうか。
魚の多いサンゴ礁域でサメが人を襲わないのは食べなれている食料が周りにあるからです。
コウイカも大事な繁殖の時期ということもありますから、食べなれているエビやカニ、魚を食べるでしょう。
もしヒョウモンダコを食べたとしても、食べたことがあった位でヒョウモンダコの個体数を減らしてしまうような「天敵」という関係には至らないでしょう。
③子供時代の大きさ
ではコウイカの子供がヒョウモンダコの子供を食べているというのは考えられないでしょうか。
コウイカの卵は1.5~2cm程度の大きさで約1か月程度で孵化し、しばらくは浅海に棲んでいます。
しかし7~8月頃に見られるコウイカは5cm程度で、6月に見られるヒョウモンダコは既に10cm程度まで成長しています。
基本的に自分より大きな獲物を狩るとは考えにくいため、成長速度から見てもコウイカがヒョウモンダコを餌にしていることはないでしょう。
他にも天敵の多いコウイカがヒョウモンダコ天敵ならの毒を体に溜め込んでいてもおかしくないのに毒がないことやヒョウモンダコの身体機能が退化していることを考えても、コウイカはヒョウモンダコの天敵ではないといえます。
引用;https://imasyun.net/
ヒョウモンダコのギモンあれこれ
ここでヒョウモンダコについて語り切れなかった部分を少し紹介していきます。
ヒョウモンダコとオオマルモンダコって何が違うの?
ここでよくヒョウモンダコと間違われるオオマルモンダコを軽く解説していきます。
ヒョウモンダコとオオマルモンダコはよく間違われがちですが、生息域、大きさ以外にも威嚇時に出るヒョウ柄にも違いがあります。
オオマルモンダコは南西諸島以南に生息するので本島で見つかることはなく、全長も20cm前後とヒョウモンダコよりも大きくなります。
また威嚇時のヒョウ柄はヒョウモンダコの胴体(丸い頭のように見える部分)にはライン、足の部分にはリング模様が出ますが、オオマルモンダコは全身にリング模様のみが出ます。
ちなみに沖縄でヒョウモンダコと思われているタコのほとんどは大体オオマルモンダコだったりします。
引用;http://www.kazkian.com/
ヒョウモンダコ属以外にもブルーリングを持つタコがいる!?
全身に持つわけではありませんが「ベニツケダコ」というマダコ属のタコが蛍光ブルーリング模様を持っています。
ただ、ブルーリングは足の付け根に一対あるだけなのでヒョウモンダコほど派手ではありません。
このベニツケダコも毒を持ち、海外ではポイズンオクトパスとも呼ばれています。
海外においてはヒョウモンダコよりもメジャーな毒を持つタコとして有名です。
日本での発見事例が少なく、沖縄で生息確認がされているのみで、2015年に初めて八丈島で発見されたくらいの珍しいタコです。
引用;http://www.ifarc.metro.tokyo.jp/
ヒョウモンダコ以外のタコにも毒はある?
全てのタコ類は唾液腺に一定量の毒性たんぱく質を持っていて、獲物を麻痺させるために使っているといわれています。
しかし、人間に身近で危険を及ぼすものは日本近海ではヒョウモンダコかベニツケダコくらいなので、他の種類のタコに噛まれたところで痛いか多少痺れる程度で済みます。
ヒョウモンダコって飼えるって本当?
ヒョウモンダコは飼うことができます。
見た目の可愛らしさから人気が高く、アクアショップで3,000円前後で販売されているようです。
毒ヘビなどのように飼育の際に申請や許可証を提出する必要もありません。
ただし、ヒョウモンダコは毒抜きもしつけも出来ないので、飼育には十分注意が必要です。
まとめ
いかがでしたか。
手のひらサイズしかないヒョウモンダコはその可愛らしい姿とは打って変わってテトロドトキシンを持つ非常に危険なタコです。
近年、生息域を拡大してきたことで発見事例が増えてきましたが、怖がることはありません。
ヒョウモンダコは基本的に大人しい生物なので、攻撃や刺激などしなければこちらに危害を加えることはないのです。
海では魚や他の生物たちが非常に近く、こちらがふざけても基本的に逃げたり攻撃してこなかったりすることが多いので感覚がマヒしがちですが、そこにいるのは紛れもなく野生生物だということを忘れないでください。
陸上で野生生物に出会った時に不用意に手を出さないのと同じで、海の中でもヒョウモンダコを始めとした野生生物には刺激を与えないように心がけましょう。