満月の夜に月の光を浴びて人間から狼の姿へと変身する狼男。
人狼とも呼ばれる彼らは、伝説の存在で、ファンタジーやオカルトの世界ではお馴染みのものたちです。
もちろん、そんなことが現実に起こるわけがないのですが、古くから、そうした現象がしんじられてきたのも事実ですし、世界各地にそうした狼男の言い伝えが残されています。
ここでは、実際にいたといわれる狼男たちを紹介していきたいと思います。
狼男とは
引用:ja.wikipedia.org
日本で狼男というと、外国の怪異というイメージですが、実際には、人が狼男になるという伝説は世界の至る所に存在していて、世界的にもとてもポピュラーな怪異といえます。
呼び方についても、ウェアウルフ、ワーウルフ、ヴァラヴォルフ、ライカンスロープ(ギリシア語の狼と人間の2つの単語の合成語)、リカントロープ、ルー・ガルー、ウルフマンなど世界中でいろいろなものがあります。
古代から、世界各地で狼憑きの伝承がみられ、これは、狼が世界のほぼすべての地域に棲息していたからだといわれます。
アフリカでは、ハイエナに変身するハイエナ男が知られており、ヨーロッパ北部ではクマになるなど、狼以外のその地域で脅威と思われている動物に変身する例もあります。
このように、世界には人狼以外にもいろいろな人獣伝説が存在し、アフリカの豹男や中国の人虎、ブラジルのジャガー人オンブレティグレやインドの獅子人ナラハンシなど上げればきりがないほどです。
狼男の特徴
引用:bokete.jp
一般的な狼男の特徴としては、魔力をもった狼に噛まれた人間が狼男になり、満月の夜になると狼に変身して人や家畜を襲うようになる。
本人には、狼になったり人を襲ったりしているときの経験がなく、自分が狼男だということに気づきません。
夜の間に活動しているため、人狼は多くの場合、翌日は昼近くまで疲労で起きることができず、夜に獣や人の肉を食らうため、日中は食事をとらないものもいました。
狼男を殺すには、銀の十字架を溶かして作った銀の銃弾を使わなければならない、というものもあります。
しかし、満月の夜に変身するというものや、銀の弾丸によってしか殺せないというのは16世紀以降のヨーロッパで出てきたもので、もともとはどんな武器でも攻撃できました。
人狼になるには呪術を使う方法と、人狼になる素質をもって生まれてくると2通りがあります。
ロシアなどでは7番目の子や、羊膜、赤痣、剛毛などをもって生まれてきた子などは人狼になるとされます。
ドイツでは人狼に変身させる銀のベルトの伝承があり、それを身に着けると狼男になり、その間の記憶は失っているというものです。
16世紀のドイツの農民ペーター・シュトゥッベは、悪魔にもらった魔法のベルトで狼に変身したと証言しています。
これは呪術による変身の例だと考えられ、狼男は普通、朝になると狼から人間に戻るとされますが、呪いを受けて狼男なった場合には、呪いが解けるまで戻れないことがあります。
人狼になった人間の呪いを解く方法としては、名前を呼ぶ、体を三回転させる、熊手を眉間に叩きつける、腐った丸太の下をくぐらせるといった方法があります。
前述の狼男になるベルトの場合には、ベルトを外せばいいのですが、いずれにしろ、凶暴な狼男になっている相手にこのような対処法を実行するのは容易なことではないでしょう。
人の姿をしているときの狼男を見分ける方法は、左右の眉毛がつながっている、爪が長くてカギ爪になっている、耳がとんがっている、手の平に毛が生えている、などがあり、吸血鬼の見分け方とされているものと同じものも多くあり、狼男にしかない特徴的な見分け方としては、薬指のほうが中指より長いということが上げられます。
狼男の起源といろいろな狼男
引用:tabizine.jp
人間が獣に変身するという話の起源は古く、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの著書である『歴史』にも妖術で狼の姿に変身するネウロイ族が登場します。
実際のネウロイ族は現在のベラルーシやリトアニアに暮らしていた部族で、狼に扮する祭祀を行っていたようです。
北欧神話に登場するベルセルク(バーサーカー:狂戦士)は、オーディンの神通力によってクマや狼に変身して戦うといわれ、その間、我を忘れた状態になっている、戦闘後に極度の疲労感に襲われるなど、人狼の伝説に通ずる点がたくさんあります。
古代の北欧では、戦士たちが獣を殺してその毛皮を身にまとうのは、ごく普通の習慣となっていました。
ロシアでは、狼男と吸血鬼が同一視される傾向があり、生前狼男だった人間は、死後に吸血鬼になるとも言われます。
フランスのノルマンディー地方では、墓から甦った死人が狼男になるといわれます。
14世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパで魔女狩りが行われるようになると、魔女裁判での受刑者なども魔女の手先である狼男として扱われるようになっていきます。
実在した人狼たち
引用:ja.wikipedia.org
ここからは、実際に世界に存在した狼男たちの例をみていきましょう。
人狼侯フセスラフ
引用:http://problr.by/
フセスラフ・ブリャチスラヴィチは、ロシアの歴史上の人物で、狼に変身したという伝説から、人狼公と呼ばれています。
フセスラフは、現在のベラルーシにあるポロツクを治めるポロツク公の息子として生まれ、後にキエフ大公になりました。
フセスラフに関しては、ウクライナの草原地帯に暮らしていた異民族であるポロヴェツ族の領域への遠征を行った記録である『イーゴリ遠征譚』やブィリーナ(口承叙事詩)などに描かれており、実際の人物でありながら、狼男であったという言い伝えもある珍しい人物です。
フセスラフの母は、魔法によって息子を生んだといわれ、フセスラフは羊膜をつけて誕生し、1時間半後には言葉を喋れるようになったといいます。
これは、羊膜をつけて生まれた子供は人狼や吸血鬼になるという伝承からきているものと思われます。
そして、母親に産着の代わりに鎧や武器を自分の身につけてくれるように頼みました。
10歳頃から千里眼を身に着け、狼に変身できるようになりました。
霧を操ったり、高速で移動することもできたといわれます。
そして、その能力を活かして大公としても大きな成功をおさめ、たくさんの街をおさめ、多くの領民を掌握しました。
しかし、そのような立場になっても、フセスラフは、夜になれば狼に変身して我を無くしてしまいました。
狼となってキエフの街を飛び出し、山野を駆け巡り、獣たちを追い求め、朝になると知らない場所で目を覚まします。
このとき、フセスラフは自分がまた狼になって理性を忘れ、暴れてしまったことを悟ります。
そして、人狼の呪縛から逃れられない自分の運命を嘆き悲しんだといわれます。
ピエール・ブルゴとミシェル・ヴェルダン
引用:www.pinterest.cl
1521年12月、フランス東部のフランシュ・コンテ州の州都になっているブザンソンで裁判にかけられたのが、ピエール・ブルゴ、別名巨人のピーターです。
同じ場所で、彼の仲間であったミシェル・ヴェルダンも裁判にかけられ、ピエールの自白はミシェルによって裏付けられたということです。
普通の農夫であったピエールが狼男になるきっかけとなったのが、19年前のある日、彼の村を襲った大嵐でした。
この嵐で、彼の飼っていた羊が散り散りに逃げだしてしまったのです。
羊を探していたピエールに、馬に乗った3人の人物が「羊ならすぐに見つかるさ」と声をかけてきました。
ピエールの羊は彼らの主人のところにいるので、ピエールは主人を信頼するだけでいいというのです。
モワゼと名乗るその主人のところでたしかに、ピエールの羊は見つかりました。
ピエールは会ったときからその男が悪魔の使いだということに気づきますが、羊を返す上に金をくれるといわれ、彼に仕えることを決心します。
以後、ピエールの羊は悪魔が守ってくれて、決して狼が近づかなくなりました。
しかし、ピエールも悪魔に仕えるのがだんだんと嫌になり、逃げだそうとします。
そんな彼を悪魔のもとへ連れ戻したのが、ミシェル・ヴェルダンでした。
そこには、同じく悪魔を信奉する人々が集まっていて、青い炎を灯した緑色の小さなロウソクを手にしていました。
ピエールはまた金をもらえるといわれて、契約を更新することを決めます。
そこで、ピエールは服を脱ぐように言われ、主人であるモワゼから渡された軟膏を体にこすりつけました。
すると、全身が毛で覆われ、狼の手足が生えて、彼の姿はあっと言う間に狼に代わったのです。
狼男に変身した後は激しい疲労のために動けなくなることが多いとされますが、ピエールの場合は変身後もまったく疲れておらず、軟膏を塗るとすぐに元通りの人間へと戻れました。
ミシェルも彼の主人であるギュマンから軟膏を受け取り、狼に変身しました。
この軟膏は、それぞれの主人から受け取らなければならなかったといいます。
狼に変身するとき、ピエールは裸になっていましたが、ミシェルはいつも服を着たまま変身していました。
ピエールは狼になって少年や少女、女性を襲って殺し、その肉を食らったということです。
ジル・ガルニエ
引用:www.pinterest.jp
ジル・ガルニエは、16世紀にフランス、フランシュ・コンテ州のドールで捕まったといわれる狼男です。
ジル・ガルニエは、いつも前屈みで歩く、陰気で人相の悪い男で、フランシュ・コンテ州にあるアマンシュ近郊の小屋で妻と二人暮らしをしていました。
彼の家は、草葺きで壁にはコケが張りつき、庭は荒れ果てて、周囲の柵も壊れた完全なあばら家でした。
大通りから離れた荒地の中を横切る小道を通らなければこの家にたどり着くことはできず、夫婦にはまったくといっていいほど人付き合いはありませんでした。
ジル・ガルニエは、血色の悪い青白い肌に落ちくぼんだ目をしていて、めったに口を利くこともなく、それなのに、灰色の長いあごひげと仙人のような隠遁生活のために、「聖ボノの隠者」というあだ名がついていました。
ある日、村人たちが四本足の怪物に襲われている少女を見つけ、これを助けました。
このとき、辺りは暗くてよく見えなかったのですが、この怪物が狼だったというものいる一方、その顔がどこか聖ボノの隠者に似ていたという者もいました。
2週間後、付近で今度は10歳の少年が行方不明になる事件が起き、とうとうジル・ガルニエは逮捕されました。
彼は、裁判でドールの近くにある森の中のブドウ園で狼に変身し、12歳くらいの少女を襲ってその肉を食らい、その一部を妻のアポリーヌにもって帰ったことや、ほかにも少年や少女を何人も手にかけ、殺してその肉をむさぼったことを証言しました。
ジルは、自分は人を襲う時間違いなく狼に変身していたと言っていますが、現場にかけつけた村人からは、ジルは狼ではなく人間の姿をしていたという証言もあり、もしかすると、狼男というより、ただの殺人鬼だったのかもしれません。
ただ、彼が多くの子供を手にかけたことだけは事実で、ジル・ガルニエは少なくとも12人の子供を殺し、その肉がうまくてたまらなかったと楽しそうに語りました。
彼は処刑場へと引っ張って行かれ、生きたまま火にかけられて死刑になりました。
人狼一家ガンディヨン家
フランシュ・コンテ州のジュラ県に住む貧しいガルディヨン家の娘、ペルネット・ガルディヨンは、変わった少女で、自分が狼だと信じて、いつも四つん這いで村の中を走り回っていました。
ある日、狼憑きの妄想が抑えられなくなったペルネットは、野イチゴを摘んでいた2人の子供を見つけ、姉のほうに襲いかかりました。
しかし、4歳の弟が持っていたナイフで勇敢に姉を守ろうとしました。
ペルネットは男の子からナイフを奪うと、喉を切り裂き、男の子を殺してしまいます。
しかし、このことは当然村全体に知られることになり、ペルネットは怒りと恐怖に駆られた村人たちによって処刑されてしまいました。
それから間もなく、ペルネットの兄ピエール・ガルディヨンが、妖術を用いて狼男になったとして告発されました。
ピエールは魔女の集会に参加し、そこで手に入れた軟膏を体に塗ることで狼に変身したといいます。
元の姿に戻るときは、露に濡れた草の上を転げまわればよかったということで、ピエールは狼男になっている間に動物や人間を襲って食い殺したことを認めました。
ピエールの息子ジョルジョも同じ軟膏を使って狼に変身し、2頭のヤギを襲いました。
さらに、ピエールの妹アントワネットも魔女の集会に参加して、牡の黒山羊の姿をした悪魔に体を売ったことを認めました。
捕まったとき、ピエールたちの顔や手足には、犬に噛まれた傷跡がたくさん残されていたということです。
捕えられたピエールとジョルジョは、牢屋のなかでも四つん這いで走り回り、狼のような低い唸り声を上げていたといいます。
ピエール、ジョルジョ、アントワネットの3人は、吊るされて火あぶりの刑になりました。
ジャック・ルレ
ジャック・ルレは、フランス西部のメーヌ・エ・ロワール県に位置するアンジェの街で、1598年に捕まった狼男です。
35歳の物乞いだったルレは、長い髪とあご髭を生やしている男で、いつもは家から家へと渡り歩いてほどこしを求めていました。
ルレは、弟のジョンと従兄弟のジュリアンと一緒に物乞いをしていました。
彼が狼に変身できるようになったのは、両親からもらった軟膏のおかげだといい、人気のない荒地に15歳の少年を連れ込んで殺害し、その肉を食っているところを地元の村人たちに発見されました。
村人たちが狼の残した血の跡を追っていったところ、藪の中でしゃがみこんで震えているレルを見つけました。
彼の手は少年の血で赤く染まり、長い爪には血糊と人肉の断片がこびりついていました。
このとき、現場から逃げ出した2匹の狼について、ルレは、ジョンとジュリアンだと答えています。
ルレは、裁判で魔女の集会に参加したことや、他にも子供を殺して食べたことを認め、死刑判決を受けましたが、高等法院に上訴を行い、そこで精神病院に2年間監禁するという刑に減刑を受けました。
狼少年ジャン・グルニエ
引用:www.pinterest.co.kr
フランス南部のランド県にあるサン・アントワーヌ・ド・ピゾン村に住む13歳の少年ジャン・グルニエ。
彼は、日ごろから、自分は悪魔に魂を売ったため、狼の姿になれるのだと、しばしば周囲に話していました。
ジャン・グルニエの語ったところによると、「森の主人」ピエール・ラブランという人物からもらった狼の皮のマントを着ることで狼に変身することができます。
変身の前には裸になって軟膏を塗り、服は森の中に隠していました。
狼になるのは、月曜と金曜と日曜の夕暮れ時に約1時間、普段は犬を殺して血をすすっていましたが、女の子を襲うこともあったといいます。
ジャン・グルニエは、犬の肉は大してうまくないが、女の子の肉は最高だと語っていました。
彼の父親も狼の皮をもっており、一緒に変身して子供を襲うこともありました。
自分が人狼であることを微塵も隠す気がなかったジャン・グルニエは、告発されて当局に捕まり、取り調べを受けました。
彼が子供を襲ったという場所と日付、襲撃時の様子は、行方不明になった子供たちの親が申告したものと一致しており、彼に襲われて逃げ出した子供たちの証言や体に残った傷とも一致するものでした。
ジャンの父親は彼の行為に手を貸したという証拠がなかったために起訴されず、ジャン自身はまだ子供だという理由で、生涯修道院に閉じ込められることになりました。
7年の修道院生活のあと、ジャン・グルニエは20歳の若さが亡くなりました。
しかし、死の直前も彼は、「今でも幼い少女の肉が食べたくてたまらない」ことや、「修道院に閉じ込めていなければすぐにでも少女を襲いにいくのだが」ということを話していたということです。
ガリツィアのスヴィアテク
引用:http://mementmori-art.com/
現在、ウクライナとポーランドの一部になっているガリツィアは、昔はオーストリアの領土であり、このあたり一帯は狼男の伝承が多い地域として知られています。
スヴィアテクは、ガリツィアのポロミヤという村で日曜に教会の入り口で施しを求める白い髭を生やした物乞いの老人でした。
周囲から無害な人間だと思われていたスヴィアテクは、ときには村人の家に招かれて食事をご馳走になることもありました。
ある時、ある女性の家に招待されたスヴィアテクは、その家で養われているみなしごの少女をえらく気に入った様子でした。
そして、森のなかへ遊びにいった少女は二度と帰ってこなくなります。
村の少年ペーターが行方不明になったときは、一緒に遊ぶつもりだった友達が、ペーターが誰か男の人に声をかけられているのを目撃しています。
ペーターはその後、遊ぶ約束をすっぽかして、男と一緒に森の中に入っていき、二度と姿を見せませんでした。
その他にも、森へ配達にいった商店の小間使いの娘や、井戸へ水を汲みにいった少年などポロミヤ村では子供が行方不明になる事件が連続します。
村人たちは、狼の仕業だと考え、狼を探し出しては、手当たり次第に殺しました。
しかし、犯人は意外なところで見つかります。
1849年5月のこと、ポロミヤの宿屋の主人が、アヒル2羽がいなくなったことに気づき、探している途中で、ふと、なにかを焼いている臭いに気づきました。
「きっとアヒルを焼いているに違いない。現行犯で捕まえてやる」
そう思った主人が臭いのする方へ行くと、スヴィアテクが大急ぎでなにかを服の長い裾のなかに隠すところでした。
主人はすぐにスヴィアテクを取り押さえると、「アヒルを返せ」と隠したものを引っ張り出しました。
すると、服のなかから転がり出てきたのは、15歳くらいの少女の頭部だったのです。
スヴィアテクは捕えられ、彼の小屋からは、少女の体の残りの部分が見つかりました。
それらは、下ごしらえされたり、煮込んだり、焼いたりされていました。
スヴィアテクは、3年前に村で起きた火事で、人の焼ける匂いに引き付けられ、その時、あまりにも腹が減っていたため、それを食べたいという衝動にかられて、以後、人肉をむさぼるようになったということです。
子供を失った村人から激しい憎悪を向けられたスヴィアテクは、捕まった日の夜に、牢獄の窓の格子で首を吊って自殺しました。
墓荒らしのベルトラン
世の中には、まるでハイエナのように、墓を荒らし、死体の肉をむさぼりたいという欲望に駆られる人間います。
1848年の秋、フランスの首都パリ近郊で、夜になると墓が荒らされて、中の死体がバラバラにされるという事件が多発しました。
普通、こうした出来事は野生動物の仕業と見なされるのですが、地面に残された足跡は間違いなく人間のものでした。
ある夜、守衛たちは墓場に仕掛けられていたトラップのバネ式銃が発砲する音を聞きました。
駆けつけると、軍のマントをまとった人物が塀を乗り越えて逃げていくところでした。
現場には血痕が残されていて、犯人には銃弾は命中したようでした。
翌日、警察が兵舎をまわって負傷している軍人を捜索したところ、容疑者として第一歩兵連隊の下級士官ベルトランという男が浮かび上がりました。
病院で治療を受けていたベルトランは、回復をまって軍法会議にかけられます。
ベルトランは、20歳のときに軍に入隊、内気な性格でしたが、普段は明るくふるまっており、ただ、鬱状態になりやすい傾向がありました。
ある雨の日、墓地で雨宿りをしていたベルトランは、そばにあった鋤とツルハシを見て、ある考えにとりつかれます。
ベルトランは、ツルハシで墓を掘り返すと、鋤で死体を切り刻みました。
彼は、墓を荒らすたびにとてつもない疲労に襲われ、手足の自由がきかず、頭は朦朧としましたが、同時にひどい興奮にも襲われました。
ベルトランは、死体を切り裂いたり、口をこじ開けて耳まで引き裂いたり、内臓を切り開いたり、手足をもいだりといった損壊行為にエクスタシーを感じていました。
ベルトランは、1年の実刑判決を受け、投獄されました。
ベルトランを襲った疲労は、狼男に変身した人間にあらわれる症状と似ており、これも人狼の一種だったのではないかと考えられます。
現代の狼男 ドッグマン
引用:http://chahoo.jp/
ドッグマン(ミシガンドッグマン)は、アメリカ合衆国ミシガン州北部に出現する獣人型UMA(未確認生物)です。
この地域には、末尾に「7」のつく年に半身半獣の怪物が出現するという伝説があり、二足歩行で森の中を徘徊するその姿はまさしく狼男そのものです。
ドッグマンは、身長1.8~2m、頭は狼ですが、体は人間で直立二足歩行を行いますが、江尾物を追う時には四足歩行になるようです。
頭のてっぺんには犬や狼のような尖った耳があり、お尻の部分には尻尾が生えています。
大きな口の上下には4本の牙が生えており、耳は500m先の音まで聞き分けられるといわれます。
足には3本、手には5本の指があり、手の爪は長く鋭く尖っており、3mは軽く跳躍できる脚力をもっています。
ドッグマンが初めて目撃されたのは1967年のこと、この場所に住む住民が得体の知れない怪物の発する鳴き声を聞いたという話でした。
そして、1977年には、丸太小屋に宿泊していた旅行者が窓から室内をのぞき込む怪物と遭遇し、初めてその姿が目撃されました。
その時の姿が二足歩行の巨大な犬のような姿だったため、ドッグマンという名がつけられました。
しかし、それ以降、しばらくの間ドッグマンの目撃情報は途絶えます。
ドッグマンが再び姿を現すのは、それから30年後の2007年のこと。
ミシガン州のある不動産業者が、なんと、ドッグマンが撮影されたフィルムを発見したのです。
このフィルム自体は1970年代に撮影されたもので、撮影者は不明で、このなかには、二足歩行の巨大なクマのような生き物が森の中で徘徊している様子を映したもので、最後は怪物がカメラに突進してきたところで終わります。
作り物説が強いこのフィルムですが、2007年から、ミシガン州ではドッグマンと思われる怪物の目撃情報が多発しており、遭遇した人間や、足跡の目撃例のほか、写真や動画などもいくつも撮影されています。
ドッグマンは、二足歩行をしているものの、人間が狼に変身した狼男なのかはわかりませんが、それに近い存在のようです。
このドッグマン、もともとはラジオのエイプリルフールネタで創作されたものといわれていますが、そのラジオは1980年代のものといわれているので、それ以前の目撃情報についてはいったいどういうことなのでしょうか。
果たして、ミシガンの森には本当にドッグマンが存在しているのでしょうか。
狼男の正体
引用:ja.wikipedia.org
最後に、こうした狼男の伝承がなぜ生まれたかについて、みていきたいと思います。
1、トーテミスム
トーテミスムとは、獣や鳥などを崇拝する信仰で、狩猟民族などに多く見られ、今でもアメリカ先住民族などには色濃く残っています。
ローマ帝国の建国神話に登場するロムルスとレムスの兄弟は狼に育てられ、モンゴルの英雄ジンギスカンが狼の子供だといわれるように、世界中にこれに類する言い伝えが残されています。
狩猟民にとって、狼は敵であると同時に、彼らがもつ高い身体能力や野生の力は憧れの存在でもありました。
北欧のベルセルクたちが、狼の毛皮を身に着けるのもこうした血からにあやかろうとする信仰からきているとみられます。
そして、人類が家畜を飼いだすと狼は、それを襲う敵となりました。
ヨーロッパでも狼の被害に悩まされる地域では、人狼の伝承も多く残っているようで、狼に対する憧れや恐れといったものが人狼伝説を生み出したと考えられます。
2、病気
引用:style.nikkei.com
人狼伝説が病気によって生まれたという説もあります。
例えば、18世紀のヨーロッパで流行した狂犬病が一例で、これにかかった犬は凶暴になり、ほかのものに噛みつこうとするようになります。
これをみて、人間が狂犬病になると、同じように正気を失ってしまうと考えらえたようで、狼に噛まれると狼男になるという人狼の特徴も、狂犬病から影響を受けていると考えられます。
実際に、狂犬病にかかった人間が狼男扱いを受けた例もあります。
さらに、当時の主食の1つであったライ麦パンは、保存状態が悪いと麦角菌が繁殖し、これによって思考力の低下や幻覚、興奮状態を引き起こすことがあります。
これは、魔女や悪魔憑きなどほかのオカルト現象の原因とも考えられており、ライ麦パンの摂取が凶暴な行動へと結びつき、こうした人が狼男とされたのではないでしょうか。
そのほか、多毛症といわれる顔や上半身に体毛が密集して生える病気を狼男の起源とする説もあります。
これは、人狼症候群とも呼ばれていますが、発症例はごくまれで、世界でも50例ほどしか報告されていません。
3、妄想・狂気
引用:http://world-fusigi.net/
人狼と呼ばれる人のなかには、自分が狼男になってしまったという妄想にとり憑かれてしまう人もいます。
自分が動物に変身したり、動物であるという思い込みは、精神医学上の用語で「狼化妄想症(人狼症)」と呼ばれます。
上で紹介した狼男の実例のなかにも、自分が狼だと思い込んでいる場合がありましたし、人狼伝説のなかには、こうしたケースもあったことでしょう。
他にも、人を殺したり、その肉を食べたいという本物の殺人鬼や精神疾患の例もまぎ込んでいるものと考えられます。
まとめ
以上、世界の実在した狼男を紹介してきました。
狼男というと、ファンタジーのなかの存在のように思いますが、医学的にも自分が動物に変身するという思い込みの症例があるのだと聞くと驚きです。
もちろん、それだけではなく、狼男が生まれた背景には、古代からの信仰や、魔女狩り、狂犬病といった病気、人を殺してその肉を食らうことに快楽を覚える殺人鬼など、いろいろなものが組み合わさっているのでしょう。
フィクションのなかの存在と思っていた狼男にも、その背後には人間社会のもつ闇が垣間見え、そちらのほうもまた恐ろしくもあります。