ウイルス(virus)とは、他の生物の細胞に依存して増殖する微生物のことです。人類とウイルスは太古の昔から戦ってきた宿敵であり、非常に強力なウイルスになると国や民族を滅ぼしてしまうほどの危険性があります。
ここでは第一類感染症の原因であり、バイオセーフティーレベル4(BSL-4)に分類される史上最強の6種+1種(BSL-3)のウイルスをご紹介します。
第一類感染症
感染症はその感染力、重篤度、危険性により第一類から第五類に分類されています。その中でも第一類感染症は感染力・重篤度・危険性が極めて高い最強の感染症であり、指定された病気は今回ご紹介するたったの7つだけです。
第一類感染症の詳細については下記の通りです。
- 現在、日本に存在せず治療法が確立していないため国民に極めて重大な影響を与える病原体
- 国際的に規制の必要性が高く、BSL4での取り扱いが必要な病原体
- 原則、所持・輸入等が禁止。ただし、試験研究を行う場合には例外的に厚生労働大臣が所持等を認める場合もある。
バイオセーフティーレベル
バイオセーフティーレベル(Biosafety Level, BSL)とは、細菌・ウイルスなどの微生物・病原体等を取り扱う施設の格付けのことで、最もリスクの低いレベル1から、最も危険性の高いウイルスを扱うことができるレベル4までの4段階に分類されています。
- BSL4:危険度超高。レベル3に加え、他の施設から完全に隔離、シャワー室設置、防護服着用必須など。
- BSL3:危険度高。レベル2に加え、廊下の立ち入り制限、前室設置、換気に高性能フィルターを利用など。
- BSL2:危険度中。実験室の扉にバイオハザードの警告を表示し、許可された人しか入室不可など。
- BSL1:危険度低。通常の微生物実験室で、隔離なし
BSL4の実験室は限られた国家にしか設置されておらず、日本では国立感染症研究所と理化学研究所筑波研究所にBSL4実験室が設置されています。
※日本のBSL4実験室では、BSL4のウイルス研究は行われていません。
世界のBSL-4施設一覧
バイオセーフティーレベル4の施設でしか扱う事ができない(リスクグループ4の)ウイルスは、人類や動物に生死に関わる重篤な病気を引き起こし、容易に人から人へ感染する、治療法・予防法が確立されていない最強クラスのウイルスです。バイオハザード(生物災害)を引き起こし国家滅亡の危険性すらあります。
それでは、BSL4での管理が義務付けられているリスクグループ4の超危険ウイルスをご紹介します。
①天然痘ウイルス(BSL4)
天然痘ウイルス (Variola virus) は、人類が根絶に成功した最初の病原体です。
現在自然界には存在せず、アメリカ疾病予防管理センターとロシア国立ウイルス学・バイオテクノロジー研究センターの2施設のみに現存しているとされています。
天然痘は高い死亡率、治癒しても瘢痕を残すことから、世界中で不治、悪魔の病気と恐れられてきた代表的な感染症です。天然痘ウイルスは唯一ヒトにのみ感染するウイルスで、飛沫感染により感染すると12日から16日の潜伏期間を経て、39℃前後の急激な高熱と頭痛、四肢痛、腰痛などが発症し、病名の由来である発疹が頭部や全身に発生します。感染力・毒性が非常に強く、致死率は20%から50%とされています。
天然痘ウイルスは、人類が集団生活を始めた紀元前10000年頃には既に存在していたと考えられており、最古の患者として古代エジプトのファラオラムセス5世(紀元前1157年死亡)のミイラに天然痘の痘庖があることが確認されています。
下記は、代表的な天然痘の歴史の一部です。
- 古代ローマ帝国内で流行し、深刻な兵力不足に陥って、国力衰亡の原因のひとつになった。
- 古代インカ帝国では人口の60%から94%が天然痘により死亡し、帝国滅亡の最大の要因になった。
- 日本でも数度の大流行があり、「独眼竜」で有名な伊達政宗が幼少期に右目を失明したのも天然痘によるものだった。
- 天然痘による20世紀の死亡者数は全世界で3億人~5億人と言われている。
1958年に世界保健機構(WHO)は天然痘の撲滅に乗り出し、感染者周辺にワクチン接種するサーベイランスと封じ込めを徹底した結果、天然痘は激減し、1977年10月26日に診断されたソマリア人男性が、記録に残る自然発生で天然痘ウイルスに感染した最後のヒトとなりました。
また、撲滅宣言が出された後の1978年に、バーミンガム大学に保管されていた天然痘ウイルス株が漏れ出してイギリス人女性ジャネット・パーカーに感染、同年9月11日に死亡した事件が発生し、バーミンガム大学はウイルス株を廃棄しています。
②エボラウイルス(BSL4)
エボラウイルスは、急性ウイルス性感染症であるエボラ出血熱の病原体です。
エボラ出血熱の発症後の致死率は50-90%とされ、仮に救命できたとしても重篤な後遺症を残すことがあります。
1976年にスーダン(現:南スーダン)のヌザラという町で初めて発見され、ヌザラでは感染者数284人、死亡者数151人という被害を出しました。
また、2014年 - 2015年の西アフリカ発生したパンデミック(流行)では、ギニア、シエラレオネ、リベリアに広がり、感染者数28,512名、死亡者数11,313名の犠牲が出ました。
エボラウイルスは非常に強い感染力を持っており、患者の血液、分泌物、排泄物や唾液などの飛沫が感染源となります。ヒトの他にもサルや豚にも感染することが分かっており、自然宿主は特定されていませんが、コウモリが有力とされています。
潜伏期間は通常7日程度で、潜伏期間中は感染力はなく、発病後に感染力が発現します。発病は突発的で、発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、脱力感、食欲不振などから、嘔吐、下痢、腹痛、発疹、肝機能障害などの症状が現れ、更に進行すると口腔、結膜、皮膚、消化管など全身に出血、吐血、下血がみられ死亡します。
エボラ出血熱ウイルスに対するワクチンや有効な医薬品などは開発されていません。しかし、エボラ出血熱に感染した後に回復した元患者には抗体があり、元患者の血液や血清の投与が唯一の有効な治療法とされています。
③クリミア・コンゴ出血熱ウイルス(BSL4)
クリミア・コンゴ出血熱ウイルスは、感染したダニに咬まれたり、感染動物の組織や血液に接触することで感染するクリミア・コンゴ出血熱の病原体です。
動物からヒトへの感染だけでなく、患者の血液や体液に触れることにより、ヒト-ヒト間での感染も起こり、日本では第一類感染症に指定されています。
その存在が初めて確認されたのは、1944年-1945年にクリミア地方の旧ソ連軍兵士の間で出血を伴う急性熱性疾患が発生したのがきっかけでした。その後、1956年にコンゴでも同一ウイルスが確認され命名されました。患者発生地域は宿主となるダニの分布に一致し、アフリカ大陸、東ヨーロッパ、中近東、中央アジア諸国、南部アジアで感染者が確認されています。
感染すると、3 - 12日間の潜伏期の後、突然の40℃以上の高熱、頭痛、筋肉・関節痛、上腹部痛が出現します。口蓋の紫斑、結膜炎、徐脈、下痢などの症状が現れることもあり、発病後3 - 5日で各粘膜に紫斑が出現。肝・腎機能障害を伴う事が多く、致死率は15 - 30%にも上ります。
治療は、患者の隔離、輸液・電解質補正、輸血などの対症療法のほか抗ウイルス剤(リバビリン)の投与、2次感染の予防として抗生物質の投与が行われます。
④アレナウイルス(BSL4)
アレナウイルス(アレナウイルス科アレナウイルス属の各ウイルス)は、アルゼンチン出血熱、ボリビア出血熱など、南米大陸で見られる出血性熱性疾患の原因となる病原体です。
南米大陸出血熱は今までに5種が確認されており、その病原体となるウイルスは下記の通りです。
- フニンウイルス(アルゼンチン出血熱)
- サビアウイルス(ブラジル出血熱)
- ガナリトウイルス(ベネズエラ出血熱)
- マチュポウイルス(ボリビア出血熱)
- チャパレウイルス(チャパレ出血熱)
ネズミが自然宿主であり、ウイルスを保有しているネズミとの接触の他、ネズミの糞尿などからウイルスを吸い込んだり、ネズミにより汚染された食品の摂取・食器の使用などによっても感染します。更に、皮膚や粘膜の接触、または唾液等の飛沫によりヒトからヒトへも感染します。
深刻な急性疾患で、10日~12日程度の潜伏期間を越えると、発熱、頭痛、衰弱、食欲不振などの初期症状が現れます。これらは1週間以内に激化し、高熱や全身からの出血といった症状が現れ、死亡率は15~30%に達するとされます。
⑤マールブルグウイルス(BSL4)
マールブルグウイルスは、人畜共通感染症であるマールブルグ熱の病原体です。マールブルグ熱の他、マールブルグ出血熱、マールブルグ病、ミドリザル出血熱とも呼ばれます。
1967年に西ドイツのマールブルク等で、ウガンダから輸入された製薬実験用のアフリカミドリザルにかかわった研究職員や清掃員など25名が突如発熱、うち7名が死亡するという事件が発生し、マールブルグウイルスの存在が世界で初めて確認されました。
その後も中央アフリカで度々感染者が確認され、2005年にはアンゴラでマールブルグウイルスの感染者が続出し、300名前後が死亡しました。
3日~10日の潜伏期間を過ぎると突然発症し、初期症状は全身倦怠感、発熱、嘔吐、下痢、筋肉痛、皮膚粘膜発疹など、更に症状が深刻になると、1~2日後で吐血、下血。5~7日後には暗赤色の発疹が出現し、最終的には血管内で血液凝固、ショックに至ります。
自然界での宿主はルーセットオオコウモリとされ、感染者や患者の血液、体液、分泌物、排泄物などとの接触により感染すると考えられています。マールブルグウイルスの研究はあまり進んでおらず、未だその詳細は不明です。
サル類のマールブルグ熱は指定動物・指定感染症となっており、診断した獣医師には届出義務があります。
⑥ラッサウイルス(BSL4)
ラッサウイルスは、出血熱の一つであるラッサ熱の病原体です。
マストミスというネズミを自然宿主としており、感染すると約20%が重症化し、致死率は1~2%程度と言われています。非常に感染力が強く、毎年10万人以上が感染し、5000人以上が死亡しています。
1969年、ナイジェリアのラッサ村にて最初の患者が確認され、ラッサ熱と命名されました。その後、ナイジェリア、リベリア、セネガル、ギニアなどサハラ以南の西アフリカの地域では乾季になると毎年のように流行を見せています。
感染しているマストミスは症状を示さず、排泄物や唾液中から終生ウイルスを排出します。基本的に接触感染ですが、ヒトは咳などの飛沫感染により伝播し二次感染も発生します。
数日~16日の潜伏期を経て徐々に進行し、発熱、頭痛、倦怠感、関節痛、嘔吐、下痢、吐血、下血などの症状が現れ、重症化すると、顔面・頚部の浮腫、粘膜出血、中心性チアノーゼからショックに至ります。また、回復後にも25%程度のヒトに聴覚障害などの後遺症が残ります。
日本では、1987年にシエラレオネ渡航者が感染し、帰国後に発症した事例があり、日本に稼働中のBSL-4施設がなかったため、検体をアメリカに発送して確認を仰ぐ事態になりました。
⑦ペストウイルス(BSL3)
ペストウイルスは、歴史上何度もパンデミックを起こしている伝染病「ペスト(黒死病)」の病原体です。
※BSL3のウイルスですが、日本では第一類感染症に指定されているため、参考に記載します。
クマネズミなどを宿主としており、その血を吸ったノミに噛まれたり、感染者の血痰などに含まれる菌を吸い込んだりすることで感染します。
症状は、潜伏期間は2 - 7日で、徐々に高熱、寒気、倦怠感が現れ、その後、①リンパ節の大きな腫れ、②敗血症による出血斑、③呼吸困難を伴う肺炎などになり数日で死に至ります。適切な治療を行わない場合の致死率は30%~60%とされています。
かつては、非常に高い致死率であり、罹患すると皮膚が黒く変色することから黒死病と呼ばれ恐れられていました。過去に全地球規模の流行が何度も発生しており、特に14世紀の大流行では、1億人以上の犠牲者を出しました。
日本でのペスト患者数のピークは1907年(患者数:646人)で、1926年以降日本で患者は出ておりません。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
BSL-4であり、第一類感染症に指定されている最強のウイルスの多くは出血熱ウイルスです。その中には過去に生物兵器として軍事的に研究されているものもありました。
現代の先進国では、非常に厳重に管理されており、パンデミックが起こる可能性は低いと言えますが、アフリカ等の途上国ではまだまだ感染者・死亡者が確認されているものもあります。
感染源は主にサル、ネズミ等です。海外へ渡航する際は野生動物等にはむやみに接触しないよう十分に注意するようにしてください。