私たちの生活にとって水はなくてはならないものであり、同時にあって当然のもの、ありふれたものです。
水道の蛇口をひねればカルキ臭さなどは気になれど、そのまま飲んでも健康に害は出ません。
しかし実は世界でも8億人、特にスラム街の住人などの最貧困層に位置する人は清潔な水にアクセスできていないというデータが存在しています。
その原因となるのが、飲料水のもととなる河川の汚染です。
今回は世界で最も汚いと言われる川について紹介します。
ガンジス川
引用元:https://cherish-media.jp/
ガンジス川はヒマラヤ山脈の南部からインドの北東部へ流れる川です。
全長2525キロ、流域面積約173平方キロメートルを誇る大河であり、インドの人口のうち4億人が飲み水として利用しています。
またインドやネパールで広く信仰されるヒンドゥー教においてはガンジス川は「ガンガー」という女神として信仰されており、沿岸地域にはヴァラナシなどの聖地がいくつも存在しています。
ガンジス川で沐浴(身体を水で洗い清める宗教的儀式)を行うヒンドゥー教徒も多いです。
しかしガンジス川は世界で最も汚染の進んだ川のひとつです。
インドはまだ経済格差が激しく、ガンジス川の沿岸には下水道が整備されていない地域が少なくありません。
そのためガンジス川には1日に400億リットルもの生活排水が流入しています。
インドでは宗教的な事情からトイレを設けない家庭も多く、ガンジス川で排せつを行う人が多いほか家畜の糞尿もガンジス川で処理する人もいます。
更に生活の現代化や沿岸地域の工業化によって大量のゴミや工業廃水がガンジス川を汚染しています。
インドでもガンジス川の汚染対策は検討されており、2015年インドのモディ首相は30億ドルを投じて川の浄化を進める方針を示しましたが実際にはその4分の1も予算が使われていないことが明らかになりました。
現地の住人はガンジス川で沐浴をしていますが、破傷風を始めとする各種感染症のリスクがあるため、真似をするのは避けたほうがいいでしょう。
ブリガンガ川
引用元:http://bddnews.com/
ブリガンガ川はバングラデシュの首都であるダッカの南西部を流れる川です。
「ブリガンガ」という名称はベンガル語で「古いガンジス」を意味しており、かつてはガンジス川とつながっていましたが、現在は完全に分かれています。
ブリガンガ川はダッカ周辺の中心であり、飲料水として使われたほか流域地域では盛んに交易も行われていました。
バングラデシュは最貧国のひとつとされていますが、その中でも欧米諸国向けの皮革産業は年間で20億円以上の利益を挙げています。
この皮革産業の中心的な地域がブリガンガ川沿岸のハザーリバーグという地区でした。
ハザーリバーグの皮革工場では革をなめしたり、他の加工を施したりするときに発生する排水を直接ブリガンガ川へ流し、水面が黒く濁るほどの深刻な汚染をもたらしました。
沿岸に住む住民は汚染された魚を食べたり、汚染水によって皮膚病に罹患するなど、重篤な被害を負っています。
ハザーリバーグの皮革工場は2017年4月に閉鎖されましたが、現在でも生活排水や繊維工場からの排水での汚染が進んでいます。
特にバングラデシュの繊維はユニクロなどのファストファッションにも広く用いられており、一国の問題に留まらなくなっています。
澗河
引用元:https://www.ibtimes.com/
2011年12月、中国の河南省南西部、洛陽に流れる澗河が突如真っ赤に染まる事件がありました。
澗河は「血の川」として、各国のメディアに取り上げられています。
中国の環境保護局が調査したところ、旧正月で打ち上げる花火に使う赤色の塗料が水道管で違法投棄されたことが原因だと判明しています。
さらに赤色の塗料が、近くの町の化学工場で違法に製造されたことも明らかとなりました。
赤色に染まった川は見た目こそインパクトが絶大ですが、重金属や有毒な物質などは検出されなかったそうです。
澗河では工業排水によって水の色が変わることは珍しくないらしく、洛陽市民は川が暗い緑色に変わったことがあると言っています。
パシッグ川
引用元:https://sea.mashable.com/
パシッグ川はフィリピンの首都マニラを流れ、マニラ湾で太平洋に注ぐ、フィリピンの主要河川のひとつです。
ちょうどこの川によってマニラ首都圏が南北に分かれ、スペイン植民地時代から重要な交易ルート、飲料水の水源として機能していました。
しかしパシッグ川は周辺のスラム街の住人が投棄するゴミによって汚染がひどく、特に度合いのひどいところだと水面がゴミによって舗装されているかのような有様です。
周辺の工業化による水質の汚染も進んでおり、1990年代には生物が生存できる環境にない「死に川」だと考えられていましたが、パシッグ川リハビリテーション委員会(PPRC)の努力により、回復が進んでいます。
フィリピンのドゥテルテ大統領は勤務不良の警察官に対して警察長官を通してパシッグ川の清掃を命じているそうです。
チタルム川
引用元:https://www.scmp.com/
ソロ川、ブランタス川に次いでインドネシアで3番目に長く、西ジャワでは最も長い川であるチタルム川は、西ジャワの産業や給水の中心となっている河川です。
ですがチタルム川は西ジャワの大都市バンドンの近郊にある繊維工場から排出される鉛や水銀などを始めとする産業廃水や、生活廃水によって汚染され、「世界で一番汚い川」とも呼ばれています。
沿岸地域には500万人もの人が住んでいますが、毎年5万人が水質汚染が原因で亡くなっているそうです。
インドネシア政府は長年チタルム川の水質の浄化に努めています。
2008年にはアジア開発銀行によって清浄化のプロジェクトが行われ、約400億円が投じられたほか、排水規制も進められていますがなかなか結果は出ていません。
2018年にはインドネシア政府が「2025年までにチタルム川の水を飲めるようにする」という計画をぶち上げ、それまでの努力と共に更にチタルム川の浄化へ本腰を上げています。
その一環としてそれまで円借款を通じて関係を持っていた日本の廃水処理技術や排水規制の行政関係者から、廃水の浄化や管理のノウハウを学ぶためにチタルム川の工場関係者など160人を日本へ派遣しました。
日本は水俣病やイタイイタイ病など工業廃水によって病気が流行し、解決に努めてきた歴史やノウハウがあります。
日本の技術を活かしてインドネシアでも水質の改善に努めようとしています。
ドセ川
引用元:https://si.wsj.net/
2015年、ブラジルの資源開発大手であるヴァーレ社が管理するフンダオダムとサンタレムダムという、2つの尾鉱(選鉱の結果廃棄の対象となる低品位の鉱石)を含む泥を貯めておくダムが決壊し、隣の州を流れるドセ川へ流入しました。
泥は最終的に大西洋へ到達し、海を汚染しています。
尾鉱にはヒ素や水銀などの有害な物質が混ざっており、ドセ川沿岸の住人は避難を余儀なくされたうえ、ドセ川の水質が戻るには数十年かかるという試算が出されました。
ヴァーレ社は2019年にも尾鉱ダムを決壊させており、現在では資産を差し押さえられドセ川近くのブルクツ鉱山の採掘を停止させられています。
マタンサ川
引用元:http://www.patrick-wagner.net/
マタンサ川はアルゼンチンのブエノスアイレス州とブエノスアイレスの境となっている川です。
マンサーナ川(スペイン語で「リンゴの川」)、リアチュエーロ(スペイン語で「小川」)とも言われます。
マタンサ川と言うのはスペイン語で「屠殺の川」という意味の言葉です。
なぜこんな剣呑な呼び方をされているかというと、遅くとも1860年代から深刻な水質汚染が続いているためです。
川の沿岸に皮革工場があり、大量の産業廃棄物と重金属を含んだ汚染水を川へ流し続けています。
マタンサ川は「スデスターダ」と呼ばれる南東向きの暴風によってしばしば洪水を起こし、汚染による被害を広げています。
1993年、当時のカルロス・メネム大統領政権下でマタンサ川の浄化のために2億5000万ドルの予算を投じられました。
しかし当時の環境大臣であったマリア・フリア・アルソガライはこの予算のうち600万ドルを懲罰に、1億5000万ドルを無関係の社会プロジェクトに充て、実際の水質浄化には100万ドルしか使いませんでした。
水質浄化の試みは多くの政権で模索されましたが未だに成果が出ず、マタンサ川の水質汚染は健康問題や周辺地域の荒廃の原因となっています。
サーノ川
引用元:http://vipclassi.altervista.org/
イタリア第3の都市であるナポリを流れるサーノ川は、ヨーロッパで一番汚染された川と言われています。
一見するとぜんぜん汚れていないようですが、支流であるカヴァジョラ川とソロファナ川が合流して少し経ったあたりから汚染が深刻になり、ミラノ湾へ注ぐ河口部分では川やミラノ湾に入ることが禁止されています。
サーノ川を汚染しているのは、川周辺の農地から排出される農業廃棄物と皮革工場から排出される工業廃水です。
特に川の沿岸には小規模な工場がおよそ500もあります。
近年では水処理プラントを設置しましたが、あまり成果は出ていないようです。
プリピャチ川
引用元:http://www.asahi.com/special/
1986年4月26日、ソビエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所の4号炉が制御を失い、炉心融解・爆発を引き起こし、推定で10トン前後の放射性廃棄物を大気中に放出しました。
この事故は国際原子力事象評価尺度(INES)で定めるところの最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される、世界で最悪の原子力発電所事故のひとつとして数えられます。
30年以上経った現在も事故の影響による死者が出たりと、色濃く爪痕を残しています。
チェルノブイリ原子力発電所のあったプリピャチという都市は人が生活できるようになるまで900年ほどかかると言われており、現在も一般人立ち入り制限区域指定がされています。
原子力発電所周辺にも100か所を超えるホットスポット(局地的な高濃度汚染地域)があり、立ち入りなどが制限されることがあります。
ベラルーシからウクライナに流れ、プリピャチの近くを流れるプリピャチ川もチェルノブイリ原子力発電所事故によって汚染されてしまいました。
ポトマック川
引用元:https://www.nippon.com/
ポトマック川はアメリカで21番目に大きな川です。
1912年、当時のアメリカ大統領であったウィリアム・タフトの夫人が日本の桜を求めていたことを知った、当時の東京市長である尾崎行雄が日米の親善や、日露戦争の際にアメリカが日本に肩入れしてくれたお礼も兼ねて荒川堤のソメイヨシノの苗木を贈りました。
それがきっかけとなり、沿岸の桜のアーケードが名物となっています。
1980年代には反対に、荒川堤の桜が枯れてしまったときにポトマック川の桜が移植されたこともありました。
ポトマック川自体は水質の保全も進んでおり、見た目は非常にきれいに見えます。
ただポトマック川の支流であるアナコスティア川やモノカシー川などには沿岸の工場や貧困層などによって汚染が進んでおり、ポトマック川のその影響が及んでいます。
2006年ごろから、ポトマック川流域で精巣中に未成熟の卵を抱えるなど、メスの性的特徴を有する(間性化)オスの魚が多く発見されるようになりました。
2008年にはポトマック川で発見されるコクチボスのほとんどが雌雄同体化しているという報告もあります。
この生物の間性化の原因となったのが、汚染物質に含まれる内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)です。
内分泌かく乱化学物質が生物の体内に性ホルモンに近い作用を及ぼしたことで、生物の間性化が進んでいると考えられているのです。
内分泌かく乱化学物質によって生物の生殖障害やガンを引き起こしている問題はポトマック川だけでなく、世界中の河川で確認されています。
気になるのが水棲生物だけでなく、川の水を飲んで生活する私たち人間の身体への悪影響ですが、内分泌かく乱化学物質が人間の身体に悪影響を与えているかどうかは疫学的に慎重な検討が必要であり、まだ断言はできません。
ただ既に内分泌かく乱化学物質が乳がんを増加させていたり、精子数の減少、無精子症の増加につながっていると主張している学者もいます。
いずれにせよ魚の間性化などの問題は重大であり、内分泌かく乱化学物質への対策はポトマック川に留まらない急務だと言えるでしょう。
まとめ
今回は世界で最も汚い川の数々を紹介しました。
汚い川というと水面の色であったり、投棄された膨大な量のゴミなど見た目にインパクトのある問題に目が行きがちです。
水面の色を変えるほどの化学物質やゴミは当然生態系に悪影響を及ぼすほか、沿岸の住人の健康被害も引き起こします。
しかし内分泌かく乱化学物質など、実は目に見えないような問題もあり、世界中で対策が求められています。
私たちの身近にある水源は一見きれいかもしれませんが、世界中の問題と地続きであり、こうした汚染問題とまったく無関係なわけではないことを心に留めておいたほうがいいでしょう。