古来より世界中の人々が人智を超えた奇跡を信じ、呪術は密かに行われてきました。
それは科学技術が発展し、多くのオカルトが否定された今の時代でも形を変えることはあっても、決して変わりません。
今回はそんな呪術の種類とやり方を紹介していきます。
呪術とは何か?
そもそも「呪術」とは英語の「magic」に対する訳語として作られた言葉であり、「魔法」、「魔術」と言ったものと同一です。
神秘的な力を使って何かをすることを、西洋史では「魔術」、人類学や宗教学では「呪術」と呼びます。
呪いと呪術の違いとは?
同じ漢字を使うため混同されがちですが、呪いと呪術は違うものです。
呪いとは呪術の一種としても使われますが、呪術が目的や結果を問わず全般的に使われる一方で、呪いはもっぱら相手に不幸や不利益をもたらす、悪い意味で使われる場合が多いです。
また呪いは近年ではいわゆる「ジンクス」と混同されることも多いです。
例えば日本のプロ野球では「カーネル・サンダースの呪い」が有名でしょう。
1985年、日本プロ野球阪神タイガースのファンがセントラル・リーグを優勝した喜びのあまり、当時球団に在籍したランディ・バース選手に似ているという理由でケンタッキー・フライド・チキン道頓堀店のカーネル・サンダース像を道頓堀へ投げ込む事件が発生しました。
この事件の翌年以後阪神タイガースは17年もの間リーグ優勝を逃したことから、カーネル・サンダース像と関連づけたジンクス「カーネル・サンダースの呪い」が囁かれるようになりました。
このように呪いは呪術の一系統であるにも関わらず、今日ではジンクスなどの概念を含む包摂的なものとなっています。
フレイザーの呪術分類
呪術を専門的に研究した学者としては人類学者のジェームズ・ジョージ・フレイザーが挙げられます。
フレイザーは著書『金枝篇』において、呪術には2つの原理と2つの類型があるとしました。
ひとつめが類似の原理、そしてそれに基づく類感呪術(模倣呪術)です。
類似の原理とは、似たものは似たものを生むという考え方です。
類感呪術はこの原理に基づき、起きて欲しい結果に似たことを模倣して行うことによる呪術です。
例えば雨乞いの儀式では太鼓を打ち鳴らすことがありますが、これは実際の雷雨に見立てた類感呪術の一種と言えるでしょう。
もうひとつが接触の原理、そしてそれに基づく感染呪術(伝染呪術)です。
接触の原理とは、かつて互いに接触し合っていたものは今は離れていたとしても影響を及ぼし合うという考え方です。
そして感染呪術はこの原理に基づき、かつて接触していたが現在は離れているものに何かをすることで望む結果を得ると言う考え方です。
例えば相手の爪や髪の毛などを使って呪いをかけるのはこの感染呪術と言っていいでしょう。
実際の呪術はこの2つの原理と2つの類型が関連し合って独自の世界を形成していると言われています。
フレイザーは呪術を宗教の前段階、主観の世界のみで成立する疑似科学であるとしていますが、後にエミール・デュルケームやブロニスワフ・カスペル・マリノフスキはこの呪術を宗教や科学に対して劣っているとする考えを批判的に継承しました。
またクロード・レヴィ=ストロースは呪術を既存の記号やアイコンを組み立てて物事の理解を行う「野生の思考」というひとつの思考様式であるとしています。
世界にはどんな種類の呪術があるのか?
人類学の研究が進むと、呪術は世界各地の様々な民族で体系化が進んでいることが明らかとなりました。
各民族の呪術は呪術に用いる道具や環境によって大きく様相が異なり、各地の生活文化や宗教と密接な関わりを持っています。
ここでは世界各地の呪術を紹介します。
中国の呪術
中国では『雲笈七籤』、『抱朴子』などの書物に代表される道教の教えと関連した呪術が盛んに行われてきた歴史があります。
例えば桃を魔除けに使う考え方があるほか漢方薬、針、お灸など現代に生きる民間療法もかつては経験則や陰陽五行といった考えに基づいたものでした。
特に有名なものとしては「蠱毒(巫蟲)」が挙げられるでしょう。
これは中国における巫蟲の術(蛇や蛙、ムカデなど虫や爬虫類を操る術)のひとつで、蛇やムカデなどの百虫と呼ばれる虫たちを同じ容器で食事を与えずに飼育し共食いをさせ、残った一匹を神霊として祀り、相手の不幸を願って飲食物に混ぜたり、逆に自分の富貴を願ったりする呪術です。
実際に蠱毒は恐ろしい効力を持つ呪術として中国では認識されていたようで、唐の時代の律令の注釈書である『唐律疏儀』では蠱毒を用いて人を殺そうとしたり、あるいはそれを教唆した者は絞首刑になると記してありました。
日本でも陰陽道として広まり、現代では多くのフィクション作品などで名前を目にする言葉ですが、蠱毒のルーツは中国にあるのです。
現代でも中国華南の少数民族は蠱毒のやり方を受け継いでいると言われています。
ヨーロッパの呪術
ヨーロッパの呪術の代表として挙げられるのが魔女の行う魔女術(ウィッチクラフト)です。
キリスト教的な価値観では魔女は悪魔と契約を結んだ者であると考えられ、中世末期から近世にかけて魔女狩りによって多くの人々が殺されました。
この場合の魔女は必ずしも女性を指すものではなく(「魔女」と言う語は英語のwitchの訳語で、男性には専用の呼び名もあるが日本では定着していない)、男性の魔女もいたと言われています。
ですが本来の魔女というのは非キリスト教圏、主にケルトの教えに従って呪術や医療行為を行う広義のシャーマン(祈祷師)のことだったと言われています。
魔女は集落内で風変わりな知恵者として知られ、神や精霊との対話と称して伝統的な薬草や香油(オイル)、キャンドルなどの知識や技術を行使していました。
またキリスト教が普及した後もイングランドやフランスにはカニングフォーク、白魔女という、コミュニティにおいて呪術を専門とする者もいました。
当時のコミュニティでは依然としてまじないや呪術などが民間で行われており、カニングフォークは「カニングクラフト」という呪術を使って地域社会の専門的な呪術的な仕事を請け負っていたほか、魔女の発見者として魔女の告発をしていたとも言われています。
魔女と同じく呪術を生業としていたカニングフォークはコミュニティに貢献していたという点で「反魔女」であると考えられていましたが、両者の区別は非常に曖昧なもので、しばしば両義的なものであると考えられていたようです。
現代における魔女術は、1960年ごろにネオペイガニズムの一環としてジェラルド・ガードナーが「現代ウィッチクラフト運動」によって興した「ウイッカ」によって体系化されたものが大多数を占めています。
アフリカの呪術
アフリカは世界の中でも未だに呪術が盛んに行われている地域です。
一口にアフリカと言っても民族や宗教は多様ですが、あえて代表を挙げるとするなら西アフリカ、ベナンを発祥の地とする「ヴードゥー教」となるでしょう。
「ヴードゥー」という名前は英語で、西アフリカで話されるフォン語では「ヴォドゥン」と呼ばれ「精霊」を意味します。
ヴードゥー教はアフリカの民間信仰に、いわば目くらましとしてキリスト教の聖人崇敬を習合させて植民地時代に成立した宗教です。
ベナンを始めカリブ海の島国ハイチや、アメリカのニューオーリンズで信仰されており、その信者数は5000万人にも及ぶと言われます。
しかし仏教やキリスト教などとは違って教義や教典、またカトリックなどに代表される法人格も存在せず信者は「ウンガン」という神官の教えに従ってダンスや歌、更に生贄や憑依の儀式を行っています。
ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』や海外ドラマの『ウォーキング・デッド』、ハリウッド映画化もされたカプコン製作のゲームシリーズ『バイオハザード』に出てくる「ゾンビ」はヴードゥー教における「生ける死体」が元となっています。
ヴードゥー教では霊魂の存在が信じられており、「ボコ」という司祭職が埋葬した死体を掘り起こして霊魂を壺に納め、肉体、つまりゾンビを奴隷として働かせる教えがあり、また生者をゾンビへ変える「ゾンビ・パウダー」というものが存在しています。
またアフリカの他の地でも広く呪術が信仰されており、現代でも問題となっています。
例えばアフリカはサッカーが非常に人気ですが、ケニアのリーグでは呪術が盛んに行われています。
動物の血液や人間の身体の一部を使って相手のクラブへボールが見えなくなる呪いや審判の判断を惑わし、自分の贔屓のクラブに有利なものとするお守りがあるほか、遠隔で相手クラブへ呪いをかける専門の呪術師もいるそうです。
呪術そのものだけならまだ可愛げがあるかもしれませんが、呪術に家財を投じており、まじないも叶わずに負けてしまった際に自殺をしてしまうサポーターもいると言われています。
彼らは試合の結果に大金を賭けており、試合に勝つためなら何でもするのです。
このように呪術へのめり込んでしまう可能性を危険視した結果、アフリカの国々のサッカー協会の中には正式に呪術の使用を禁止している国も存在しています。
ほかにもアフリカでは呪術に使うためにアルビノ(先天性色素欠乏症)の人を殺害し、その遺体を売買するなど非人道的な行いが行われてきました。
東アフリカでは2000年以後、74人ものアルビノの児童が殺害されているという報告書もあります。
タンザニアという国ではアルビノの子どもを保護するために児童養護施設へ収容する方針を取っているほか、2015年には呪術師の存在を禁止しました。
このように、アフリカで行われる呪術は非人道的な行為を含むなど多くの問題を抱えています。
しかし良くないことばかりではありません。
部族や民族の間で医療行為を取り仕切る「呪術医」と呼ばれる人々の中には、現地にしかないような薬効のある植物についての知識を持っている者もいます。
現代の製薬会社の中には、こうしたアフリカの呪術医の持つ知識に着目し、協力関係を築くことで新薬の開発に役立てるところもあります。
日本の呪術の種類とやり方を紹介
日本での呪術で代表的なものと言えば、やはり陰陽道でしょう。
陰陽道は5世紀から6世紀にかけて日本に入ってきた陰陽五行説や道教、風水、物忌などの呪術を組み合わせて独自に発展した学問で、平安時代に最盛期を迎えました。
現代では陰陽師が社会的に高い地位を得ることはありませんが、かと言って私たちが呪術とまったく無関係かと言えばそういうわけではありません。
呪術と言うと物々しく聞こえるかもしれませんが、「おまじない」と聞けば小さな頃に実践した人もいるかもしれません。
おまじないは漢字で「お呪い」と書く立派な呪術ですが、現在でも「恋の叶うおまじない」などの本が出版されるなど、日本でも広く普及しています。
ここでは現代にも生き残っている日本の呪術とそのやり方を紹介します。
丑の刻参り
丑の刻参りは、正確な由来は不明ですが江戸時代までには基本的な形式が成立していた呪術、呪詛の形式のひとつです。
白装束を着て髪を振り乱し、顔に白粉を塗り、頭に五徳を被ってそこに三本のロウソクを立て、高下駄を履き、胸に鏡を吊るすという独特の格好をして、丑の刻(午前2時から午前4時)に行います。
わら人形と五寸釘、金槌、呪いたい相手の写真や髪の毛を用意し、写真や髪の毛をつけたわら人形を神社の御神木へ打ち付けることで呪いが成立します。
釘を打ち付けた場所に基づいた呪いが相手にかかると言われているほか、もし呪いをかけているところを見られると呪いが返って来てしまうと言われています。
由来は不明ですが、古来「うしのときまいり」という、丑の刻に神仏へ参拝すると願いが叶うという作法があり、それが呪いへ転じたと考えられています。
日本の法律では、丑の刻参りによる呪いで相手が怪我をしたり死亡しても、因果関係を証明することができないため罪には問えません。
ですがもし釘を打ち付けたわら人形を相手に送るなどした場合は脅迫罪に、神社に侵入した場合は建造物侵入罪にそれぞれ問われる可能性があります。
言霊
日本では言葉に霊的な力が宿ると信じられており、悪いことを言えば悪いことが、逆にいいことを言えばいいことが起こると言われています。
この霊的な力を言霊(言魂)と言います。
『万葉集』には「そらみつ 大和の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり(大和の国は国土を治める神の威徳が厳然と存在し、言霊が幸い助ける国であると語り継ぎ、言い継いできました)」とあるほか、事代主神にも「言代主神」という表記があるなど、古代の日本では「事」と「言」が同一の概念でした。
ほかにも一言主という、言霊を司る神も日本にいます。
祝詞をあげる際には決して言い間違えをしないようにしているほか、例えば結婚式のスピーチなどで「忌み言葉」を言ってはいけないという決まりも、この言霊への信仰によるものです。
音に霊的な力が宿るという考え方は他にも拍手や鈴の音で清めを行うといったものや、日本以外にもカーニバルの際に笛を吹いたり、清めのために爆竹を鳴らすなど、広い範囲に存在しています。
こっくりさん
こっくりさんは「はい」、「いいえ」、「0から9までの数字(漢数字が好ましいとされる)」、「五十音表」、「鳥居」の書かれた紙と十円玉を使った降霊術の一種です。
紙と十円玉を机に置き、数人で机を囲んで十円玉に人差し指を添え、力を抜き全員で「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」と呼びかけると狐の霊が表れるというのです。
表れた狐の霊は参加者の質問に十円玉を動かすことで答え、最後に「こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻り下さい」と言われると「はい」に次いで「鳥居」まで十円玉を動かした後に帰るのだそうです。
この帰す手順をきちんと経なかったり、途中で十円玉から指を離すとよくないことが起こると言われています。
こっくりさんのほかにも「守護霊様」、「キラキラさま」、「キューピッド」、「エンジェルさま」と呼ばれることもあります。
ヨーロッパでは15世紀ごろにこっくりさんの前身とも言える降霊術「テーブル・ターニング」が存在しており、1884年に下田港に漂着したアメリカ人が現地の人にテーブル・ターニングを伝えた結果、独自にアレンジが加えられこっくりさんが誕生したと言われています。
そして1970年代につのだじろうの漫画『うしろの百太郎』で紹介されたことをきっかけに当時の小学生の間にこっくりさんが流行し、社会問題となりました。
流行したこと自体も問題でしたが、こっくりさんを行った小学生の間に体調不良や心霊現象が発生したという報告が相次いだことから、こっくりさんを禁止した学校もありました。
なぜこっくりさんで十円玉で動くかは未だに判明していません。
霊的なものが動かしているという説のほかに、参加者の誰かが人為的に動かしている説、参加者の潜在意識が動かしている説、筋肉の疲労によって起きる不覚筋動が動かしている説などがありますがいずれも証明はされていません。
まとめ
今回は呪術の種類とやり方について、呪術とは何か、世界の呪術、そして日本で現在も行われる呪術を紹介しました。
呪術というといわゆるオカルト的なものを連想するかもしれませんが、今でも私たちや世界中の人々の生活に呪術は深く根差しています。
その事実に自覚的かそうでないかというだけのことでしかありません。
もちろんのめり込み過ぎるのもよくありませんが、呪術のような霊的な要素も、楽しく生きる上では必要になることがあるでしょう。
興味を持ったなら、ぜひ学んでみてください。