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世の中に存在する本当に不思議な場所20選(世界10ヶ所+日本10ヶ所)

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日本には多くの不思議な場所があります。中には立入禁止区域や、危険な場所もあります。

今回はそんな日本にある不思議な場所を10ヶ所紹介していきます。

青森県のキリストの墓


引用 https://4travel.jp/travelogue

青森県新郷村にはキリストの墓と伝えられる遺跡があります。この墓は昭和10年に茨城県磯原町(現北茨城市)にある皇祖皇大神宮の竹内家に伝わる竹内古文書が発見され、それをきっかけに竹内氏自らこの新郷村を訪れ、このキリストの墓を発見しました。

1936年に考古学者の一団が「キリストの遺書」を発見したこともあり、新郷村は神秘の村として人々の注目をあびるようになりました。

新郷村の伝説

言い伝えによればイエスキリストは死後、復活し日本に渡っていたといわれています。ゴルゴダの丘ではりつけで死んだと考えられていたイエス=キリストですが、実は処刑されたのは弟のイスキリで、キリストは密かに逃げ延び、今の青森県八戸港から上陸していたと言われています。

キリストは名前を「十来太郎大天空(トライタロウダイテンクウ)」と改名し、日本人の妻をもらい、そのあいだに3人の子供をもうけ、キリスト自身もかなり長生きしたとされています。またキリストの風貌は、ハゲで鼻が高く、目が大きく、赤ら顔だった事から、天狗のようだったそうです。

新郷村に残るユダヤの痕跡

この新郷村にはいくつかのミステリーがあります。戸来(へらい)はヘブライからくるという説。父親をアヤまたはダダ、母親をアパまたはガガということ。

子供を初めて野外に出すとき額に墨で十字を書くこと。足がしびれたとき額に十字を書くこと。ダビデの星を代々家紋とする家があること。そして、「ナニヤドヤラー、ナニヤドナサレノ」という意味不明の節回しの祭唄が伝えられていること、これは新郷村だけでなく伊勢神宮を始めとした多くの神社にも似たような意味不明の節回しの祭唄が伝えられています。

沖ノ島

沖ノ島は九州本土から約60キロ離れた玄界灘の真っ只中に浮かぶ周囲4キロの孤島です。沖ノ島は古来、「不言様(おいわずさま)」として、人々にその存在を知らせることなく守られてきました。

沖ノ島は、島に宿る神が信仰の対象であり、人の立ち入りを禁じるなどの厳格な禁忌が今日まで受け継がれ、島内には、四世紀から九世紀にかけての古代祭祀の変遷を伝える貴重な遺跡があります。島には宗像大社沖津宮があり、宗像三女神の田心姫神(たごりひめのかみ)を祀っています。日本書紀にも記されるほど古の時代から縁ある土地です。

人口は、福岡県宗像市の宗像大社からわざわざ派遣され、10日勤務の交代制の宮司がたった一人で沖津宮に常駐している一人だけです。

沖ノ島全体と三つの岩礁からなる宗像大社沖津宮(むなかたたいしゃおきつみや)は、宗像大社の三つの宮の一つで、田心姫神(たごりひめのかみ)を祀っています。国史跡「宗像神社境内」の一部であり、天然記念物「沖の島原始林」に指定されています。

また、特別鳥獣保護区および自然環境保全地域の特別地区にも指定され、保護されています。

「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群

古代東アジアにおける海を越えた交流?その舞台となった海域の「神宿る島」と人々との関わりが、沖ノ島を 信仰の対象とする文化的伝統を育みました。

千数百年間、島では祭祀遺跡が膨大な数の奉献品とともに手つかずで残されてきました。 500年間に及ぶ対外交流と自然崇拝に基づく古代祭祀の遷り変わりを伝えています。

人々の間にはやがて三柱の女神に対する信仰が生まれ、島を守ってきた禁忌を保ちながら 海の安全を願う古代からの信仰が現代に継承されています。

「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群は、こうした信仰の文化的伝統の形成と継承の過程を物語る世界でも例のない遺産群です。

「宗像三女神」伝説

宗像の地は、中国大陸や朝鮮半島に最も近く、古くから外国との貿易や進んだ文化を受け入れる窓口として、重要な位置にありました。

8世紀前半に成立した日本最古の歴史書である『古事記』『日本書紀』には、宗像氏が沖津宮・中津宮・辺津宮で 宗像三女神を祀っていると記されており、海によって結ばれる三宮で宗像三女神を祀る宗像大社が成立しています。

新城島 (あらぐすくじま)

新城島は沖縄地方の南端、八重山諸島の一つにある小さな島です。

上地島と下地島という二つの島からなるこの島は、沖縄諸島に存在する数ある島の中でも随一ともいわれるほどの海水の透明度を誇ります。
実際、新城島の航空写真を見てみると、その息を飲むほどに美しい海を見ることができます。

この島には数多くのタブーが存在し、禁断の人魚を祭る島と言われています。御嶽(うたき)と呼ばれる撮影禁止の島民以外は参加することが許されない謎の儀式が行われていたり、島民も鳥居の奥に何があるか、中で何が行われるのか、決して語ってはならない神社があります。

万が一、掟に背き無断で中に入ってしまったら、その人間に災いが降りかかり、原因不明の体調不良で苦しみ、死に至る者もいるといわれています。

新城島で行われる謎の祭り

毎年、7月(旧暦の六月)に上地島で行われる豊年祭で、「アカマタ・クロマタ」と呼ばれる来訪神が一軒一軒を回ったり、獅子舞があるお祭りのようで、島出身者とその関係者400名以上が参加し、見学する祭りのようです。

この豊年祭が開催される時期とその前後を含む準備期間は、観光ツアーであっても島に上陸することはできず、島への入島、桟橋への接近、接岸、海岸への接近、接岸は住民に拒否されています。

上地島港には、「祭事における注意事項」として、

カメラ等の撮影禁止
祭詞、歌の録音禁止
スケッチ等の禁止
夜間部落外への行動及び単独行動禁止

以上4項目を固く禁ずる

という看板が掲げられています。

禁止の看板には、「言い伝える」などという項目がないので、どういう祭なのかということを知らせることは大丈夫であるかのように感じるが、それは口止めされています。

関係者以外に豊年祭に関することを口外した場合は「命を落とす」や「災いが起きる」などと言われているようで、現代になっても関係者以外は詳しく知ることができない祭なのであり、この秘祭について禁を破った者には、原因不明の体調不良で苦しみ死に至る。災いが降りかかる。などが主な噂になっています。

さらに、
「島民に化けて祭に潜入した学生が、島民からリンチを受けた」
「盗撮したカメラマンが謎の死を遂げた」
「人魚が祀られている」
「人魚のモチーフになったジュゴンを生贄にしている」

など様々な噂があります。

祀られている神々

琉球の神は主に「来訪神」と「守護神」があり、「アカマタ・クロマタ」は「来訪神」のことを指し、2柱の神です。

この「来訪神」や「守護神」は、異界・他界にいる神であり、その神に豊穣を祈るという信仰が根付いています。

そして、「アカマタ・クロマタ」は、「異界」の神であり、平時には人々の集落に存在しないか、御嶽にいると考えられていますが、祭の時には異界から集落や集落の御嶽に訪れると考えられているため、人間との関係は近いとされています。

その姿は、全体が草に覆われていて、だるまやフクロウのように見えるといわれ、背丈は180cmほどあり、アカマタは赤の面、クロマタは黒の面を被り、丸い目とギザギザの歯で構成され、髭を生やしています。

 

旧犬鳴トンネル 犬鳴村


引用 http://chikatomo.doorblog.jp

福岡県宮若市と同県糟屋郡久山町をまたぐ峠です。心霊スポットとして知られている犬鳴トンネルはこの犬鳴峠にかかるトンネルの事を言います。

福岡方面から北九州方面へ抜ける道として知られていますが、少しでも話を知っている地元の人はこの道を一切通りません。

犬鳴トンネルは「新犬鳴トンネル」と呼ばれ、心霊スポットとして知られているのは「旧犬鳴トンネル」です。

場所は、宮若方面の出口から少し先に進んだところにフェンスがあり、その先に旧トンネルがあります。

犬鳴村は旧トンネルの先にあると言われ、行くためには旧トンネルに入るしか方法はありません。現在はブロックで封鎖されています。

犬鳴トンネルの噂

犬鳴トンネル付近にある電話ボックスは必ず「出る」

電話ボックスそのものに幽霊が「いる」という話と、電話ボックスから電話をかけると不気味な声が聞こえるという2つのパターンがあります。福岡県内では有名な話ですが、あまりにも「出る」という噂が広まりすぎで電話ボックスは撤去されてしまい、現在は存在しません。

殺人事件があった

昭和63年にリンチ殺人があり、犯人は既に逮捕。主犯の男には無期懲役が確定し犯行にかかわった人物は全員服役中です。

心霊番組が中止になった

夏によくある心霊スポットから霊能者が状況を霊視し中継する番組でしたが、あまりにも悪霊が多すぎで1人の霊能者には手におえず中継できなかったというものです。あの稲川淳二氏も訪れています。

交通事故が多い

人影が動いているように見えた、ブレーキがきかなかった等、心霊スポットにありがちな理由で交通事故が非常に多く、事実として事故は起きています。元々運転が難しい難所かつ、野生動物も多いことで知られています。そのため、トンネルの心霊現象によるものなのかは判然としません。

犬鳴村の噂


引用 https://minkara.carview.co.jp

日本国憲法が通用しない

村の入り口には「この先は日本国憲法は一切通用しません」と言った内容の看板が立っている。

入ったら命の保証はない

村の入り口には罠が複数敷かれており、侵入者を察知できるようになっています。村人に察知されると鎌を持った住人が問答無用で襲撃してくるともいわれています。

ボロボロのセダンが置いてある

とあるカップルが興味本位で村に近づいてしまい、村人に殺され車は無残に破壊された名残のセダンが村の広場のような場所に放置されているといいます。

差別を受けて完全孤立した村

村は古い時代から差別を受けており、外部の人間とのかかわりを一切絶ち、まるで縄文時代のような自給自足で生活しています。日本政府ともかかわりを絶ち、完全な自治区域として孤立しているというものです。

携帯電話が圏外になる

日本国の統治外にある暗黙の村のため携帯電話のアンテナが一切立っておらず、圏外表示になってしまいます。

犬鳴村の真相

実は、犬鳴という村は、福岡県鞍手郡に1889年まで存在していました。心霊スポットとして名高い犬鳴峠にほど近い場所に存在した山村で、江戸時代から人が定住しており農林業を営む山村でであったといいます。

小さな山村である犬鳴村は近年(1994年)まで残っていましたが、同年に犬鳴ダムが完成したことにより、集落の大半はダムの底に沈むこととなり、集落はその姿を消したました。

集落の主要地がダム建設と共に姿を消したため、住人達は周囲の集落や都市部に転居し、現在では名残として宮若市犬鳴という住所のみが残されています。

八幡の藪知らず

八幡の藪知らずは、千葉県市川市八幡にある森の通称です。古くから「禁足地」とされており、「足を踏み入れると二度と出てこられなくなる」という神隠しの伝承とともに有名です。

市川市が設けた解説板には「不知八幡森」と記されており、現在は不知森神社の一角のみ立ち入りができます。

八幡の藪知らずの伝承

二度と出られないとい割れていますが、過去に帰還した偉人がいます。それが水戸光圀公こと水戸黄門です。水戸黄門が興味本位でひとり藪に入ったといいます。言い伝えによれば、変な姿をした妖怪たちが黄門様の周りを取り巻き、振り返ると入ってきた道は消えてしまったと言います。

白髪の老人の姿をした神が現れ、禁足地とした理由は平将門と関係があると語り、その怒りに触れた。しかし身分の高い人物ということで黄門様は特別待遇を受け、無事に戻ることができたといいます。

藪知らずに入ってはいけない理由① 平将門 影武者伝説

関東を平定していた平将門には7人の影武者がいたが、将門にはこめかみに特徴があったらしく、見破られて討ち取られました。将門の首は塩漬けにされて京都に送られることになったが、7人の影武者が奪還を図り行列の後をつけた。しかし八幡の森にて姿を消し、7体の土人形に変わっていました。

将門の首が京に届けられた後、森の土人形たちは雨によって溶けてなくなりました。

それからこの森には7人の魂が青い火の玉となって森を飛び回り将門の首を返せと泣き喚くという噂が立ちました。これを聞いた力自慢の男が退治せんと立ち入ったが、戻ることはなかったといいます。

それ以来、村人はやぶしらずと呼んでよりつかなくなりました。それ以来、この辺りに近づくものを容赦なく消し去ると言われています。

藪知らずに入ってはいけない理由② 放生池の説

八幡宮の行事に「生きた魚を放す」放生会(ほうじょうえ)というものがあり、その聖地であるため、立ち入り禁止という説です。藪知らずの森の中央が凹んでいることから、その説が有力かと思われています。

慰霊の森


引用 https://blog.goo.ne.jp

慰霊の森(いれいのもり)は、全日空機雫石衝突事故の跡地に整備された場所です。

1971年7月30日、岩手県岩手郡雫石町の上空を飛んでいた全日本空輸の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が接触、双方とも墜落しました。自衛隊員は脱出に成功し生還しましたが、旅客機の方は空中分解して乗員乗客162名全員が亡くなり、慰霊の森となっている場所に墜落しました。

衝突してから操縦の効かなくなった旅客機は落下と共に加速し、空中分解。その様子を偶然見ていた地元住民は「音がして外を見たら、胡麻粒のようなものが降っていた」と証言しています。

落ちてくる人がそのように見えたというわけです。

高度約8,500mから高速で地面に叩きつけられたら…想像するのも恐ろしいですが、事故現場はまさに凄惨の一言で、バラバラになった機体と遺体がそこら中に散らばっていたと言います。

そんな出来事があった場所に作られたのが「慰霊の森」ですから、不謹慎な話ではありますが普通の土地であるはずがありません。
事件が一瞬の出来事でしたから、自分が亡くなったことにも気づいていない魂が多くいらっしゃるのかもしれません。慰霊のために訪れるのはいいと思いますが、心霊スポットなどと思って面白半分でいくような場所では決してありません。

千駄ヶ谷トンネル

千駄ヶ谷トンネルはトンネルの上に墓地があり、昔から数多くの怪奇現象が起こると恐れられています。

このトンネルでは開通当時から現在に至るまで、幽霊の目撃談が絶えません。曰く、白いワンピースを着た女の霊がトンネル内をさまよっている。あるいは、逆さ吊りに浮かんだ血みどろの女がフロントガラス越しに運転手を睨みつけ、ボンネットに落ちたかと思うとそのまま車を追いかけてくるなど様々です。

50年近くの間に都内最恐の心霊トンネルとして多くの人々に認知され、テレビや雑誌の心霊特集でも未だに頻繁に取材されている、いわくつきの場所です。

R山手線の原宿駅方面から神宮球場方面へ抜ける道の半ば過ぎにあり、全長61メートルの短いトンネルです。

開通したのは昭和39年3月。そう、最初の東京オリンピックの年です。

この場所には江戸の天保時代に建てられた仙寿院という古いお寺の墓地があり、当初はそれを移転させる計画でしたが何故かそのまま残す形となり、トンネルの上に墓所がある珍しい構造になっています。

 

三徳山投入堂

鳥取県中央部に位置する三徳山三佛寺の奥院は投入堂と言われています。

投入堂と言われる由来は、開祖の役行者が法力で岩窟に投入れたお堂といわれ、物理的にどうやって建てたのか今もって謎とされている建築物です。

神社建築では日本最古の部類に入る、国宝でもあります。

断崖絶壁の上に建てられたお寺であり、その参拝は命がけです。死亡事故が多発していることから、「日本一危険な国宝」という異名を持っています。

高床式のお堂は崖の岩陰を利用した場所にあり、建物を支える柱は崖の小さなくぼみをわずかな足掛かりにして建てられています。これは「懸造り」と呼ばれる建築様式で、「清水の舞台」で知られる京都の清水寺本堂と同じです。

しかし、清水寺の本堂が多くの太い柱で支えられているのとは違い、投入堂はいまにもポキンと折れそうな長く細い柱でかろうじてバランスが保たれています。

笠佐島


引用 https://matome.naver.jp

笠佐島は周防大島の西側に位置し、人口僅か14人、平均年齢70歳以上という過疎と高齢化が進む島です。

この島では故人を墓に葬るということをしません。島では死者が出ると火葬場で火葬し、骨になった遺体はそのまま野ざらしにしておく慣例があります。

供養らしい供養といえば、わずかな骨のひとつまみを京都にある大谷本廟に納骨するだけそのため墓参り等の習慣もないとのことです。

阿弥陀如来に一心に帰依し、それ以外の神仏、儀礼や風習を「気にしない」浄土真宗の教えから来ています。

現在では海や釣りのために観光客も訪れるようになっています。

伊勢神宮

天照大御神(あまてらすおおみかみ)と豊受大御神 (とようけのおおみかみ)を祀る伊勢神宮(正式名称は神宮のみ)は日本の神社の総本山です。

伊勢神宮には天皇家に代々伝わる3種の神器の一つである八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま) が保管されています。

690年から現在に至るまで20年に一度、内宮と外宮の正殿・14の別宮の社殿を作り替え神座を遷す行事「式年遷宮」が行われます。

伊勢神宮は観光スポット、パワースポットとして国内外から多くの観光客を集めていますが、伊勢神宮の正宮には一般人が内部に入ることは出来ず、写真撮影も許可されていません。この正宮に入ることを許されているのは天皇家の血筋の人間だけです。

また伊勢神宮の灯篭にはユダヤ教のシンボルであるだびでの干しに使われている六芒星が描かれていたりと日本とユダヤの共通点を見ることができます。

また伊勢神宮で行事で歌われている「正調 伊勢音頭」の歌詞は日本語として聞き取るのは難しいものです。

一説によればこの歌はユダヤ人の言語であるヘブライ語であり、神を呼び求め、世界平和を願う歌だとされています。

まとめ

ここまで世界の不思議な場所を見てきました。

現代のような科学が発達した時代でであっても未だに解明されない謎が多くあります。

また今回紹介した場所以外にも世界には多くの不思議な場所があります。

その謎が解ける事を期待しています。



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