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【最強】世界の民間軍事会社(PMC)ランキング15

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15位 グローバルCST イスラエル

引用:http://www.ipsnews.net

グローバルCSTは、イスラエルに本拠地を置く民間軍事会社で、政府機関などに対する警備などのセキュリティサービスから、安全保障戦略の策定、軍隊や法執行機関、特殊部隊の訓練、犯罪組織の鎮圧など幅広い業務を提供しています。

2011年のリビア内戦ではカダフィ政権側の護衛兵として外国人傭兵を派遣していたといわれます。

カダフィ政権は反イスラエルでしたが、このとき、グローバルCST社はイスラエル政府から許可を受け、アフリカなどから傭兵を手配・統括していました。

リビア側から傭兵に支払われていた給料は1日2000ドルといわれていますが、このうち、実際に傭兵の手に渡っていたのは100ドルで、残りの1900ドルはグローバルCST社が手にしていたといわれており、同社はこの事業で莫大な利益を上げたようです。

14位 KBR アメリカ

引用:http://meconstructionnews.com

KBR社は、1998年に設立された会社でアメリカ・テキサス州に本拠地を置き、軍のロジスティック・サポートを行う民間軍事会社の代表といえる存在で、ブッシュ政権で副大統領を務めたディック・チェイニーがCEOに就任していたことでも有名です。

KBRは、ベトナム戦争時代に、ベトナムで道路や滑走路、港湾の建設を請け負っていたブラウン&ルート社を前身としています。

ブラウン&ルート社は1940年からアメリカ軍の下請けに入っていたため、軍と強い結びつきをもっており、KBRも2005年にアメリカ陸軍・海軍とロジスティックス供給や装備の保守・整備において独占的な契約を結ぶことに成功しています。

KBRは、兵士の食事にはじまり、清掃、洗濯、住居建設、上下水道・電気設備の管理、基地運営業務など幅広いサービスを提供していて、アメリカ軍の兵站面においてなくてはならない存在となっています。

13位 ロンコー・コンサルティング アメリカ

引用:2001-2009.state.gov

ロンコー・コンサルティング社は1974年ワシントン DCで設立されたPMCで、人道的・商業的に地雷除去・不発弾撤去を専門に請け負っている会社です。

1981年以来、世界中の紛争地帯で300以上のプロジェクトに参加しており、35か国以上での地雷・不発弾処理に携わってきました。

こうした人道支援プロジェクトとともに、こうした紛争地帯で活動するために必要なスキルとして、2003年からは現地での治安部隊の訓練、重要施設の警備、要人警護、車両護送などの専門部門を立ち上げてセキュリティサービスを提供しています。

2008年4月からはイギリスの民間軍事会社G4Sに買収され、その傘下に入りました。

12位 グルカ・セキュリティ・グループ ネパール

引用:http://masaki-knz.cocolog-nifty.com

グルカ・セキュリティ・グループはネパールの民間軍事会社グループで、グルカ兵を世界各地に派遣しています。

グルカ兵はイギリス植民地時代から活躍していた傭兵で、よく誤解されますが、グルカ族という特定の民族がいるわけではなく、マガール族やグルン族、ライ族、リンブー族などネパールの山岳民族全般を指してグルカと呼びます。

山岳民族に受け継がれる尚武の精神と高い白兵戦能力をもったグルカ兵は「マーシャル・レイス(軍人に適した民族)」と呼ばれます。

グルカ兵になるには、勇敢な性格に加え、白人にも負けない体力や英語能力などまさに文武両道の能力が求められ、ネパールにはグルカ兵になるために小学生のころから教育を受けさせる専門学校が存在するほどの狭き門です。

グルカ兵の末裔たち

引用:golden-zipangu.jp

グルカ・セキュリティ・グループは、グルカ・セキュリティ・ガーズ(GSG)社などを中心とした巨大な民間軍事会社グループで、伝統的に経営者や将校は元イギリス軍人などの白人で占められています。

これらの会社の給料は月1000ドル以上となっていて、国民1人当たりのGDPが1200ドルというネパールでは破格の高給です。

グルカ兵は英語ができて意思疎通が取りやすいうえ、軍事的な能力も高く、規律や命令にも忠実なため、優秀なコントラクターとして世界中で重宝されています。

11位 ヴィネル アメリカ

引用:www.glassdoor.co.in

アメリカ・カリフォルニア州に本拠地を置くヴィネルは、創業1931年という民間軍事会社業界における老舗中の老舗です。

もともとは、ロサンゼルス周辺を拠点にして、道路や建物などの建設や管理、ビルメンテナンスなどを行っていた会社で、フリーウェーやドジャースタジアムといった建物の建設にも従事しています。

経緯はあまり明らかではありませんが、ヴィネル社は第二次大戦の末期ごろにアメリカ政府からの依頼によって、蒋介石率いる国民党軍に物資を供給するという業務を行い、以後、民間軍事会社としての活動を行うようになっていきます。

CIAの代理人

引用:seeker401.wordpress.com

ベトナム戦争では現地におけるアメリカ軍基地の建設や、さまざまな後方支援業務を請け負い、1970年代からはヴィネル・アラビア社を設立してサウジアラビアの国家防衛隊(SANG)の訓練を請け負うようになります。

ヴィネル社はかつて「CIAの代理人」と呼ばれていたこともあり、冷戦時代にはアメリカ政府が表立ってできないような軍事支援を肩代わりしてきたといわれ、サウジアラビア支援もこの一環として行われたと考えられます。

当時、アメリカがサウジアラビアの軍事指導を行うことは政治的理由から不可能と考えられたためで、代わってヴィネル・アラビアがSANGの近代化を行うことになりました。

2003年にはヴィネル・アラビアがサウジアラビアのテロリストによって爆弾攻撃を受けるという事件も起きています。

現在、ヴィネルはノースロップ・グラマンの子会社になっています。

10位 G4S イギリス

引用:www.g4s.com

G4Sはイギリスのウエストサセックス州クローリーに本社を置く民間軍事会社です。

世界125か国に65万7000人の従業員を擁し、年間売上は1兆円以上という、警備保障会社としては世界最大規模の会社です。

もとは1901年にデンマークのコペンハーゲンで設立された警備会社であるファルク社が基盤となっていて、その後、イギリスの警備会社であるグループ4やアメリカのワッケンハット社、イギリス最大手のセキュリコーといった大警備会社と合併することで現在の形へと発展していきました。

G4S社は、2012年のロンドンオリンピックで会場警備を務めました。

売上の52%を民間企業と富裕層の個人向け警備事業が占めていて、2008年にはアーマー・グループを吸収合併し、民間軍事会社としての業務にも乗り出しました。

現在は、パレスチナのイスラエル占領地やアメリカ撤退後のイラクなど低強度紛争地において警備サービスを行っています。

9位 ダインコープ・インターナショナル アメリカ

引用:www.dyn-intl.com

ダインコープ社はアメリカ・ヴァージニア州に本社を置く民間軍事会社の老舗企業で、前身であるランド・エアー・インク社は第二次大戦直後の1946年に設立されています。

ランド社は技術者を派遣して航空機メンテナンスを行っていた会社で、朝鮮戦争では第二次大戦の退役パイロットによる支援業務を行い、1951年にアメリカ空軍の兵站司令部と空軍機のメンテナンスを請け負う契約を結びました。

その後、専門分野から徐々に外交官の身辺警備や、警察・法執行機関の訓練など提供するサービスの幅を広げていき、アメリカ民間軍事会社ビッグスリーの一角となりました。

ラテンアメリカで麻薬対策の支援事業を行っていて、麻薬組織を解体するために枯葉剤を空中散布するヘリコプターも運用しています。

イラク、アフガンでは警備、航空機の運用や治安部隊の訓練、民兵から回収した武器の解体を行っていました。

しかし、アフガンでの民間人への発砲や、イラクにおいて航空機整備の経験がない人間を整備要員として雇用していたことが問題となっています。

2010年に投資会社サーベラス・キャピタル・マネジメントに買収され、100%子会社になりました。

8位 アーマー・グループ・インターナショナル イギリス

引用:civiliancontractors.wordpress.com

アーマー・グループは、1981年にイギリス特殊部隊SASの元隊員によって設立され、アフリカでイギリス系資源開発企業の警備を手掛けていたデフェンス・システムズ・リミテッド(DSL)を前身とするイギリスの民間軍事会社です。

ロンドンに本社を置き、G4Sに買収される前はイギリスの民間軍事会社ビッグスリーの1つでした。

DSLの時代にはグルカ兵を雇用していたこともありました。

アーマー・グループは、警備、警護、危機管理コンサルティング、地雷・不発弾処理、セキュリティ訓練などのサービスを提供しており、アフガニスタンやイラクでも活動していました。

このとき、北米支部のアメリカ人警備員らがアフガニスタンのアメリカ大使館で酒に酔ったあげくに、全裸になって大騒ぎし、現地のイスラム教徒に戒律で禁じられている飲酒を共用したことがスキャンダルになっています。

2008年、世界最大の警備会社であるG4S社に買収され、現在では北米支部のアーマー・グループ・ノース・アメリカのみがアーマー・グループの社名を使用しています。

7位 コントロール・リスクス イギリス

引用:www.controlrisks.com

コントロール・リスクス社は、人質解放・身代金交渉の分野を専門として業務を行っている民間軍事会社で、1975年からこのビジネスを始めた業界の草分け的存在です。

政治的リスク・ビジネスリスク・セキュリティリスク・サイバーリスクの4つを切り口として、多国籍企業の危機管理計画策定、ビジネス・インティジェンスのサポート、危険度の高い地域で活動する場合の身辺警護や車両警護など包括的なセキュリティサービスを提供しています。

全世界の売上高ランキングトップ500の企業のうちの85%の企業、政府機関などを顧客としてパートナーシップを築いている、イギリスの民間軍事会社ビッグスリーの1つで、3000人の従業員を擁して世界中に36のオフィスを展開し、東京・赤坂駅近くには日本法人のオフィスがあります。

フィリピンの日本人誘拐事件

引用:twitter.com

1986年、フィリピンのマニラで日本商社の支店長だった日本人社員が武装組織に誘拐されるという事件が起き、このとき犯人との交渉のコンサルティングを行ったのがコントロール・リスクス社でした。

人質の解放交渉サービスは民間軍事業界では誘拐・身代金(キッドナップ・アンド・ランサム)サービスと呼ばれ、コントロール社は保険業界で有名なロイズ保険協会と密接な関係をもち、ロイズの身代金保険とセットでこうしたサービスを提供しています。

このサービスはあくまでもコンサルティングのため、実際に武力による人質解放作戦を実施するといったことはなく、被害にあった会社や人質の家族に対して、犯人と交渉するときのアドバイスを行うというものでした。

このとき、犯人グループは人質の指を切断したかのような脅迫写真を送り付けるなどしており、コントロール社がどのような業務を行ったのか内容は明らかになっていませんが、こうした脅しに対する対応などをアドバイスしたと考えられます。

このとき、人質は事件から137日後に無事解放され、犯人は指名手配され2010年に逮捕されています。

6位 イージス・ディフェンス・サービス イギリス

引用:www.tagesanzeiger.ch

イージス・ディフェンス・サービスはイギリス・ロンドンに本社を置く、民間軍事会社で、元イギリス陸軍中佐であるティム・スパイサーによって2002年に設立されました。

スパイサーはもともと、共同でサンドライン・インターナショナルという民間軍事会社を設立しており、シエラレオネ内戦にも参加していました。

2004年にイラクで、アメリカ国防総省と2億9300万ドル(300億円)という超大口契約を結ぶことに成功し、ほかにイラクで軍とPMCの調整を行うROC(復興運営センター)の運営を任されたことで、一躍大手へと成長し、イギリスのPMCビッグスリーの一角を占めるようになります。

警備や警護、軍事訓練のほか、調査やリスク分析といったインテリジェンス業務も行っています。

イラクでは、2005年にはイージス社の社員が民間人の乗る車に銃撃を行って制御不能にし、衝突事故を起こさせる様子をとらえた映像が動画サイトにアップされるという不祥事も起こしています。

2015年7月、イージス社はカナダを本拠地とするガルダ・ワールドに買収されて傘下に入りました。

5位 ハート・セキュリティ キプロス

引用:hartinternational.com

アーマー・グループの前身となったDSL社の元社員であったウェストベリー卿が1999年に設立した民間軍事会社です。

税金の関係から本社所在地はキプロスとなっていますが、実際の本社機能はロンドンに存在しています。

通常のセキュリティサービスのほかに、海事セキュリティサービスにも力を入れていて、2006年にはドバイの大手海運企業向けにセキュリティマネージメントシステムを開発し、国際規格ISO認定を取得しています。

日本人社員の拘束事件

ハート・セキュリティを語るうえで外すことができないのが、同社に勤めていた日本人社員のイラクにおける死亡事件でしょう。

2005年、ハート社のイラク支店で勤務していた斎藤昭彦氏が物資輸送車両の警備業務の最中に武装勢力に襲われ、拘束されるという事件が起きました。

この事件は日本でも大きく報道され、民間軍事会社という当時の日本人にとって聞きなれない名称が広く知られるきっかけになりました。

斎藤氏は1979年に自衛隊入隊後、精鋭の第1空挺師団に所属し、任期満了後にはフランス外人部隊で21年間勤務するという日本人とは思えないような驚くべき経歴をもっていました。

外人部隊退役後、斎藤氏はフランスの大型商業施設での警備主任という再就職先を得ていたらしく、どうして民間軍事会社に入ったのかという経緯についてはよく分かっていません。

どうやら家族にも話していなかったようで、おそらくはハート社が高額の報酬で斎藤氏を釣り上げたものとみられます。

斎藤氏はハート社で安全コンサルタントの職をつとめ、自動小銃を片手にアメリカ軍向けの物資輸送の護衛を行っていました。

斎藤氏は拘束された時点ですでに重傷を負っており、その後死亡したとされています。

4位 トリプル・キャノピー アメリカ

引用:www.dvidshub.net

トリプル・キャノピー社はアメリカ陸軍の特殊部隊グリーンベレーやデルタ・フォースの元隊員たちによって2003年に結成された民間軍事会社です。

創業の浅い企業でありながら、イラクでは2004年に13か所のCPA(連合暫定施政当局)の施設警備という大口契約を獲得します。

これは、6か月の業務で90億円という大型案件でしたが、実はこのとき、トリプル・キャノピーはできたばかりでほとんど実態がない会社でした。

しかし、創業者たちは特殊部隊時代のコネを活かして元同僚などにリクルートをかけ、1年後には1000人の武装警備員を要する大PMCへと成長しました。

その後も、イラクでアメリカ軍基地や旧イラク軍から没収した武器・弾薬庫の警備、アメリカ大使館建造時の警備など大型案件を次々と獲得していきます。

2004年4月にクートのCPAが武装勢力に襲われて包囲された際には元デルタ隊員の社員を中心に40人ほどの小兵力で奮戦し、脱出することに成功しています。

こうした活躍から、トリプル・キャノピーは元特殊部隊員の経験を活かした質の高いサービスを提供する会社と認められ、アメリカ民間軍事会社のビッグスリーになりました。

2014年には旧ブラックウォーター社であるアカデミ社と合併し、現在は巨大PMCグループであるコンステリス社の傘下となっています。

3位 エグゼクティブ・アウトカム 南アフリカ

引用:lobelog.com

エグゼクティブ・アウトカム(EO)社は1989年に南アフリカで作られた民間軍事会社で、まだ民間軍事会社という言葉も存在しなかった時代に設立され、現代のPMCの草分け的存在とされている伝説的な会社です。

EO社は元ローデシア軍特殊部隊の出身で、南アフリカ国防軍の情報将校であったイーベン・バーロウによって創設されました。

バーロウは自分が副司令官を務めていた国防軍第32大隊(バッファロー大隊)を中心に元軍人3000名を集め、将校は白人が占めていましたが、兵士の70%は黒人でした。

平均月給は兵士が3500ドルと南アフリカ軍の5倍で、将校になると4000ドル、操縦士は7500ドルと破格の好待遇で、米ドルという安定した通貨で支払われることも大きな魅力でした。

伝説の民間軍事会社

引用:www.mercenary-wars.net

最初の仕事として、EO社は当時内戦状態だったアンゴラの政府から石油施設の奪還という依頼を受けました。

EO社はこの仕事を成功させた後、アンゴラ軍の訓練も受け持つようになり、アンゴラの反政府ゲリラとも戦闘を行い、ゲリラを追い詰めて最終的に政府と停戦協定を結ばせることに成功します。

20年間も続いていた内戦を民間企業がたった1年で集結させるという目覚ましい戦果は、EO社の名声を大いに高めました。

EO社は1995年、内戦中のシエラレオネ政府と契約します。

実は、シエラレオネ政府は事前にグルカ・セキュリティ・ガーズ(GSG)社と契約を結んでいたのですが、GSG社は現地入りした途端に反政府組織の待ち伏せ攻撃を受け、多数の死傷者を出したうえ、指揮官は見せしめとして死体の一部を(文字通り)ゲリラに喰われるという悲惨な最期をとげ、GSG社が契約を破棄して帰国していたと経緯がありました。

シエラレオネ入りしたEO社は、反政府組織が占拠していたダイヤモンド鉱山を奪回し、反政府組織の弱体化にも成功し、ここでもわずか10か月後には和平協定を結ばせています。

EO社はその後の民間軍事会社とは違い、直接戦闘を行うことも多く、装備に関しても、社員たちは軍人のような迷彩服を身に纏い、機関銃やRPGはもちろん、BMP-2戦闘車両やMiG-23戦闘機、MiG-27戦闘爆撃機、Mi-24ハインド戦闘ヘリといった、主にソ連製を中心として軍隊顔負けの兵器を所持していました。

そして、軍事力のみでなく、部隊の訓練や物資の調達・輸送などの部門をもっており、これらを一貫して行うことができ、なによりもイギリスにおいて登記された合法企業であったことが、EO社が民間軍事会社の元祖だといわれる所以です。

しかし、こうした強大すぎる力をもったEO社は徐々に南アフリカ政府からも危険視される存在になっていきます。

その後、南アフリカではネルソン・マンデラ大統領の発案により傭兵禁止法が採択され、EO社は非合法企業となっていまいます。

これにより、1998年末、バーロウはEO社を解散させることを決めました。

元社員たちの多くは他の民間軍事会社に転職していき、バーロウ自身はその後長らくの間、アフリカ各地での軍事コンサルタント業務やブログでの活動を行っていました。

2位 ブラックウォーターUSA(アカデミ)  アメリカ

引用:www.activistpost.com

民間軍事会社といえば、やはり外せないのがこの会社、ブラックウォーター社でしょう。

1997年、元アメリカ海軍特殊部隊SEALs隊員であるエリック・プリンスによって設立された民間軍事会社であるブラックウォーターは、イラクバブルによって急成長を遂げ、そしてイラクにおける不祥事によって悪名を轟かせました。

ブラックウォーターの社名は、現在でもPMCの繁栄と没落の両方を象徴する存在です。

イラクバブルでの急成長

引用:sputniknews.com

ブラックウォーターの社名は同社がノースカロライナに購入した広大な訓練地のほとんどが湿地帯で、泥炭によって水が真っ黒になっていたことに由来します。

設立当初はろくな仕事もなかったブラックウォーター社ですが、2000年イエメンでアメリカ海軍の駆逐艦コールがアルカイダのボートに自爆攻撃を受けた事件をきっかけとして水平に対テロ訓練を施すという仕事を受注します。

そして、9・11テロ事件以降のアフガン、イラクへの出兵は同社にとって莫大な利益をもたらすビッグチャンスになりました。

アフガンではCIA工作員の警護を務め、これをきっかけにCIAとのパイプを作ることに成功します。

イラク戦争後の復興支援では反米の武装勢力やテロリストに対して、アメリカ軍だけでは対処できなかったため、政府機関や民間企業では当たり前のようにPMCと契約を結ぶようになります。

ブラックウォーター社も2003年8月にイラクでの初仕事を受注すると、その後順調に業績を伸ばし、民間軍事会社にとってイラクバブルとビジネスチャンスの波に乗ることに成功し、一気に巨大企業へと成長していきました。

自衛隊もブラックウォーター社の施設で訓練を行っていたことがあるといいます。

2004年、CIAはアルカイダのテロリストを探し出して始末するための秘密プログラムのために、ブラックウォーターの社員を外部契約者として雇用しようとしていました。

この計画は実行に移されることはありませんでしたが、後のこの事実が発覚すると大問題になります。

本来、アメリカのような大国がこのように機密性の高い任務を外部委託するなどありえない話です。

しかし、イラクではCIAの工作員がテロリストのアジトを襲撃したり、組織の幹部を捕縛する際に、実際にブラックウォーターの社員が協力していた例があったようです。

スキャンダル イラク人射殺事件

引用:www.mintpressnews.com

イラクで大きな飛躍を遂げたブラックウォーターでしたが、同社が凋落するきっかけとなったのも、イラクでの出来事でした。

2007年9月、イラクの首都バグダッド西部のニソール広場でブラックウォーター社の社員が民間人の車両に発砲し、17人が死亡、27人が負傷するという事件が起こります。

ブラックウォーターの社員は発砲を受けたため自衛行動を行ったと主張しましたが、目撃者たちは皆発砲などなかったと証言しました。

このとき、社員たちは警護車両を通すために交差点を封鎖しようとしていたところ、民間車両が侵入してきて、社員の1人がその車両に向けて発砲し、他の社員もつられるようにそれに続いたということです。

イラクでは、以前からPMC社員の民間人に対する度を越えた発砲事件や暴力行為が頻発していて、この事件をきっかけに大問題へと発展します。

イラクでは武装勢力の攻撃でPMC社員が死傷することも多く、自衛にために武力を行使することは認められていましたが、コントラクターたちも少しでも身の危険を感じると過剰反応する傾向にありました。

特に、ブラックウォーター社は、警備対象に1人の死者も出さないと業務の優秀さについては定評がある反面、「イラク人を動物扱いしている」ともいわれ、この事件を機に一気に非難が高まりました。

当初は正当防衛を主張していたブラックウォーターですが、CEOであるプリンスが議会に召喚される事態に発展し、最終的には国防省から契約を解除されたうえ、アメリカの民間軍事会社協会からも除名されてしまいます。

アカデミ社

引用:news.militaryblog.jp

ブラックウォーター社は、地に落ちた企業イメージ払拭するため社名変更を行い、現在はアカデミ社という名称で活動を行っています。

2014年のウクライナ紛争では武装したアカデミ社の社員400名がウクライナにおいて活動していると報道されましたが、同社は根拠のない言いがかりとしてこれを否定しました。

アカデミ社のオーナーであるプリンスは中国の一帯一路戦略への協力を行っており、中国の情報機関とのつながりを指摘されています。

2014年から、アカデミ社はトリプル・キャノピー社とともに、コンステリス・ホールディングスの一部となりました。

1位 STTEP社 イギリス

引用:www.africandefence.net

STTEP社は、スペイン南部にあるイギリスの海外領土であるジブラルタルに本籍を置く民間軍事会社で、2006年に設立されました。

2009年からは、伝説のPMCであるエグゼクティブ・アウトカム社の創設者イーベン・バーロウが社長に就任しています。

イーベン・バーロウ再始動

引用:www.sofmag.com

STTEP社は民間軍事会社としては後発ながら、他の企業と遜色ないサービスを提供できる会社として、中東やアフリカを中心に活動しています。

STTEP社の売りは、バーロウが活躍していた90年代の南アフリカ軍のスキル・経験を隠すことなく提供するというもので、機動戦、対テロ・ゲリラ戦、市街戦の訓練や要人警護、ヘリ降下訓練、狙撃手の育成訓練、特殊部隊員の訓練、人質救出、麻薬捜査、武器・弾薬・防弾ベストなどの各種武器の調達など幅広い分野のサービスを請け負っています。

エグゼクティブ・アウトカム社が解散して以来、ブログの更新など一部の活動を除いて表舞台から姿を消していたバーロウでしたが、STTEP社とともに再びPMC業界で積極的な活動を行うようになり、自身がこれまで行った作戦や戦力について著作をまとめたり、大学での講演を行うようになりました。

ボコ・ハラム討伐作戦

引用:https://www.cnn.co.jp

ボコ・ハラムとは、アフリカのナイジェリアで活動している過激派テロ組織で、2015年にはイスラム国への忠誠を誓って「イスラム国西南アフリカ州」を名乗り、支配地域を拡大していました。

ボコ・ハラムは残虐な活動で知られ、街や村を焼き討ちしたり、赤ん坊を連れた母親を使った自爆テロ、占領地での殺人・拷問・強姦など、数々の非道な事件を起こし、なかでも中学校を襲撃して女子学生276名を誘拐し、奴隷として売り飛ばした事件が有名です。

ナイジェリア政府も暴虐の限りを尽くすボコ・ハラムを討伐しようと、アメリカの援助などを受けていましたが、ナイジェリア事態も人権問題を起こしていた関係から支援は中途半端に終わり、結果としてテロ組織が野放しになっていました。

そこで、ナイジェリア大統領は、民間軍事会社を使ってボコ・ハラムを撃滅する計画を立てました。

これは、もともとは元ブラックウォーター社CEOだったエリック・プリンスによって持ち込まれた作戦プランでしたが、ナイジェリア政府はアフリカ事情に詳しいバーロウとSTTEP社に業務を依頼しました。

後に、プリンスはバーロウが自分のビジネスプランを丸パクリしたと激怒したそうです。

STTEP社の快進撃

引用:www.sofmag.com

依頼を受けたバーロウはさっそくSTTEP社とともにナイジェリアへと乗り込み、弱体だったナイジェリア軍に約2か月におよぶ訓練を施し、第72機動部隊として対ボコ・ハラム戦用の機動性の高い精鋭戦闘部隊を作り出しました。

第72機動部隊はそれまでのナイジェリア軍にはなかった重機関銃、迫撃砲、赤外線ゴーグル、耐地雷戦闘車両、さらにはガゼルヘリやMi24ハインドなどの戦闘ヘリを装備し、ヘリに関してはSTTEP社が直接用意しました。

2015年1月から始まったボコ・ハラム掃討作戦で、72部隊は期待通りの活躍をみせ、ボコ・ハラムによって占領されていたマファの街を奪還すると、その後も敵の重要拠点を次々と落としていきました。

この作戦では、イラクで民間軍事会社の人間が様々なトラブルを起こし、PMCのイメージや現地の人々との関係を悪化させた関係から、STTEP社は表舞台には出ず、後方での訓練や支援のみを行うことになっていました。

しかし、作戦中にSTTEP社の白人コントラクターが前線で死亡するという事件が起こっており、実際には現場で作戦指揮を執っていたのではないかといわれており、STEEP社のガゼル武装ヘリコプターがボコ・ハラムへの攻撃を実施したという話もあります。

2015年3月、ナイジェリアで新大統領が就任すると、STTEP社は契約を解除され、ナイジェリアを去りました。

この依頼でSTTEP社がどれほどの報酬を受け取ったのかは明らかではありませんが、はじめにプリンスが提示していた成功報酬は15億ドルといわれ、STEEP社もこれよりは低いかもしれませんが、かなりの額の報酬を受け立ったのではないかと考えられます。

まとめ

イラクで大きく躍進した民間軍事会社でしたが、正規軍と違って交戦規定などが曖昧なためにいくつものトラブルを起こし、そのイメージも悪化し、なかには倒産する会社も出てきました。

しかし、民間軍事会社が凋落した原因はあくまでも社員の素行不良であり、民間軍事会社自体のニーズが消えてなくなったわけではありません。

イラクの頃は、発足間もない会社であっても業務を任されましたが、現在ではそれなりの実績と経験を持ち、堅実で顧客の要望を満たすサービスを提供できる会社に受注が集まるようになっていて、そうした会社でなければ生き残れなくなっています。

中東の紛争地帯や、テロ・過激派・反政府組織などが跋扈するアフリカ諸国では、民間軍事会社に対する需要は現在でも存在しており、こうした地域を中心として、これからも民間軍事会社は世界の危険地帯には必要不可欠な存在として、活動を続けていくと思われます。



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