私たちは大概の場合、特定の場所に住所を定め、そこから大きく離れることはありません。
旅行などで遠くへ行くことはあってもそこで定住をしたり、移住を繰り返すというライフスタイルは一般的なものではないでしょう。
しかし動物の中には、特定の時期に、あるいは絶えず数百キロ以上もの距離の移動を繰り返すものがいます。
その多くが移動することを前提とした生き方をしています。
今回は驚くべき距離を大移動する生物について紹介します。
ヌー
引用元:https://www.saiyu.co.jp/
大移動する生物の代表格がヌーです。
ヌーはアフリカ南部に生息する牛の仲間で、牛とカモシカを合わせたような外見をしていることからウシカモシカとも言われます。
毎年、ヌーはエサである草原を求めて移動します。
1月から3月、ヌーはタンザニアのセレンゲティ国立公園南部やンドゥトゥ地区でオスとメスのグループに分かれ、集団で出産をします。
そして4月ごろからグループが合流し、移動を始めます。
その数は数万頭から数十万頭にまで達します。
ヌーの群れは6月までにセレンゲティ国立公園中央部のセロネラ地区やグルメッティ地区にまで北上し、雨期が終わるまでその場に留まります。
こうして9月から10月にはケニアのマサイマラ国立公園へたどり着き、そこから再びセレンゲティ国立公園へと戻っていきます。
ヌーのこの移動は「大移動(グレートマイグレーション)」と言われ、1年での移動距離はおよそ3000㎞にまで及びます。
3000㎞とは、日本列島を北から南まで行くのとほぼ同じ距離です。
この移動の最中、ヌーは多くの死者を出します。
グルメッティ川、マラ川を渡る際には数千頭ものヌーが溺死してしまうほか、牧場に設置した有刺鉄線によっても多くの死亡例が確認されています。
特に溺死するヌーの数は毎年およそ6200頭、重さに直すと1100tにまで及び、水中で腐敗したヌーが河川の栄養素として生態系の一部となっていることが近年の研究で明らかとなりました。
シマウマ
引用元:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/
シマウマはアフリカの東部や南部に生息する馬の仲間です。
馬の仲間といっても、馬よりはロバの近縁の種であり、外見も縞模様のロバに近いです。
最大の特徴である縞模様は、色彩が均一の面を好むツェツェバエに吸血されないためのものであると考えられています。
ツェツェバエは吸血によって寄生虫を媒介し、睡眠病を引き起こします。
シマウマはヌーやトムソンガゼル、キリンなどと混群を作ることがあり、先ほど紹介したヌーと共に大移動(グレートマイグレーション)を行うこともあります。
またシマウマの仲間で、ナミビアのエトーシャ塩湖やマラウイ、ザンビアのニイカ高原に生息するバーチェルサバンナシマウマも群れを作り、ナミビアからボツワナまで移動します。
その移動距離はなんと500㎞。
これは直線距離だけでいえば、大型哺乳類の中では最長のものです。
バーチェルサバンナシマウマは乾季の訪れと共に、水資源に恵まれたナミビアのサランバラ共同自然保護区へ移動します。
他にも水資源に恵まれた場所はありますが、ナミビアまで移動する理由はよく分かっていません。
ビッグホーン
引用元:https://www.flickr.com/
北アメリカでは、ビッグホーンという動物がエサを求めて大移動を行います。
ビッグホーンは和名をオオツノヒツジとも言う、名前の通り大きな角が特徴的な羊の仲間です。
特にオスの角は最大で重量が15㎏にも達します。
これは角以外のすべての骨格を合わせたものよりも重量が大きいです。
オスにとって角はステータスのような存在であり、オス同士で角をぶつけ合い縄張りやメスを争います。
古来、ネイティブアメリカン、特にクロウ族(アプサロケ族)の間では神聖な生き物とされ、部族の神話にもビッグホーンが登場しています。
かつては北アメリカ全体に数百万頭も生息していましたが、乱獲や伝染病によって現在では数千頭にまで減少しました。
ビッグホーンはロッキー山脈やシエラネバダ山脈、カスケード山脈など標高1800mから2600mの高所で過ごし、春先の繁殖期には天敵であるコヨーテやオオカミなどを避けるために岩棚で子どもを作ります。
そして冬には寒さや雪を避け、牧草を得るために低地に移動します。
この移動は「緑の波のサーフィン」などと言われます。
ビッグホーンは緑の波のサーフィンのやり方やルートを群れや親子関係を介して伝えると言われています。
アカシカ
引用元:https://petit-plus.net/
アカシカの中でも、北アメリカに生息するアメリカアカシカは季節に合わせて移動する習性があります。
アメリカアカシカは別名をエルク、またはワピチとも言います。
エルクはヨーロッパではヘラジカを指す言葉です。
アメリカへ渡った探検家がアメリカアカシカをヘラジカと誤認し、エルクと呼んだことでこの呼称が一般化しました。
一方ワピチとはネイティブアメリカンのショーニー族の言葉で「白い尻」という意味の「ワーピティ」に由来しています。
アメリカアカシカは北アメリカや東北アジアに生息しています。
この中で特にロッキー山脈に生息するアメリカアカシカは冬になると低地へと移動します。
他にもアルタイ山脈や天山山脈などにもアメリカアカシカは生息していますが、ロッキー山脈に生息するもの同様移動するかは不明です。
また東アジアに生息する蒙古ワピチや満洲ワピチと言われる亜種は森林地帯に生息し、季節によって移動する習性は持ちません。
プロングホーン
引用元:https://pixnio.com/ja/
プロングホーンはアメリカ合衆国の西部、カナダの南西部、メキシコの北部にかけて生息する哺乳類です。
プロングホーン一種でプロングホーン科、プロングホーン属を構成しています。
草原や半砂漠地帯に生息し、最高時速80㎞以上の速度で走り、天敵のコヨーテなどから逃げます。
北アメリカで最も速い陸上動物であり、世界でもチーターに次いで2番目に足が速いです。
短距離走専門であるチーターとは異なりプロングホーンはスタミナもあるため、長距離であればチーターよりも速く走ることができます。
北アメリカにはかつてチーターの仲間が生息していたと言われており、プロングホーンはチーターから逃れるためにここまでの俊足に進化したとも言われています。
プロングホーンの群れは越冬するために、冬に砂漠地帯へ移動します。
その移動距離は最長で270㎞にまで及びます。
しかし近年では開発によって移動経路が潰され、多くのプロングホーンが移動をできなくなってしまいました。
アメリカではプロングホーンの移動を存続するために、ハイウェイに陸橋を架けるなどの活動も行われています。
ハイイロミズナギドリ
引用元:http://www.markeaton.org/
鳥の中には食料や越冬などの事情から季節によって長い距離を移動する「渡り鳥」というものがいます。
日本で見られる鳥で言えば、ツバメやユリカモメなども渡り鳥の一種です。
近年では鳥に即位機器を取り付けるバイオロギングという手法で渡りの経路を追跡する研究がされています。
日本の国立極地研究所生物圏研究グループがバイオロギングを行った結果、最も長い距離の渡りを行ったのがハイイロミズナギドリです。
ハイイロミズナギドリは日本でも太平洋の沿岸地域で見ることができる鳥です。
繁殖期にはニュージーランドやオーストラリア、南アメリカ南部などで過ごし、非繁殖期にはベーリング海付近やグリーンランド沖にまで北上します。
国立極地研究所生物圏研究グループの行ったバイオロギングによると、ハイイロミズナギドリはニュージーランドから南アメリカ西部まで飛び、そこから日本近海へ飛行。
進路を北東へ変えてアリューシャン列島にまで移動し、繁殖期にはまたニュージーランドへ戻ると言う移動をしたそうです。
経路を図にすると太平洋上で巨大な8の字を描き、その総移動距離は約65000キロというすさまじい距離となります。
キョクアジサシ
引用元:https://amaru.me/
キョクアジサシは漢字で「極鯵刺」と書きます。
鯵刺はカモメの仲間の一種で、極とは極地、つまり北極と南極のことです。
キョクアジサシはその名前の通り、北極と南極を行き来する、世界で最も長い距離を移動する渡り鳥です。
北極と南極の距離は18000㎞、1年で往復するためそれだけで36000㎞も移動する計算です。
加えてまっすぐ往復するわけではなく、一部の個体ではなんと年間で80000㎞から90000㎞も移動します。
キョクアジサシの寿命は30年を超えるため、単純計算で生涯に240万㎞も移動する計算です。
地球と月の距離が38万㎞なので、キョクアジサシは生涯に地球と月を1往復半できるほど移動していることになります。
ちなみに日本近海は渡りの経路から外れているため、日本でキョクアジサシを見ることはほとんどありません。
渡りから外れた迷鳥としてまれに見られるケースに限られます。
クロマグロ
引用元:https://churaumi.okinawa/
魚は大きく2つに分けることができます。
ほぼ同じ水域で生息する深度を変える定置魚と、広い海域で移動を行う回遊魚です。
そんな回遊魚の中でも代表的なものがクロマグロです。
クロマグロは台湾や沖縄の近海で産卵を行い、黒潮に乗って日本近海へ移動し、成長します。
一部の個体はアメリカ西海岸へ移動します。
そして12月には再び南下します。
クロマグロといえば日本では「本まぐろ」とも言われる代表的な魚介類ですがこの周遊のせいで時期によって獲れる時期や漁場、味も変わります。
日本では9月から12月にかけて北海道や青森近辺で獲れるものが産卵までにたっぷりと栄養を蓄えており人気です。
またクロマグロの亜種であるタイセイヨウクロマグロも、クロマグロ同様大西洋の外洋域を回遊しています。
近年クロマグロは乱獲やエルニーニョ現象などの影響で個体数が著しく現象しており、絶滅が危惧されています。
クロマグロの消費量が世界一である日本では、マルハニチロや近畿大学などがクロマグロの完全養殖の研究を進めています。
ホホジロザメ
引用元:https://www.nikkan.co.jp/
ホホジロザメといえば、世界中の海域に生息する鮫です。
北はアラスカ沖、南はオーストラリアやニュージーランドなどでも確認された例があります。
世界的にも最も有名な鮫の一種であり、映画『ジョーズ』のモデルにもなりました。
イメージほど攻撃的な習性はしておらず、人間から手を出さない限り襲ってくることはありませんが、泳いでいる人間をアザラシなどと間違えて襲ってくるケースがあり、ホホジロザメによる事故は少なくありません。
ホホジロザメが人を襲うメカニズムは不明な部分も多く、充分気をつけても襲われることがあります。
日本でも愛媛県松山沖や愛知県伊良湖沖などでホホジロザメによる被害が報告されています。
ホホジロザメは幅広い海域に生息するほか、世界中の海域を回遊しています。
回遊距離の長い個体だとアメリカ西海岸から東海岸へ移動し、大西洋を横断してアイルランド沖にまで到った例もあります。
移動距離は3万㎞以上になります。
2009年にはメキシコ-ハワイ沖の深海に、ホホジロザメが集う海域が発見されました。
この海域は「ホホジロザメ・カフェ」と命名されています。
オオカバマダラ
引用元:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/
オオカバマダラは渡り鳥のように長距離の移動を行う唯一の蝶です。
カナダ南部から南アメリカの北部にかけて分布するほか、西インド諸島やオーストラリア、ニュージーランド、カナリア諸島、マデイラ諸島にも生息しています。
アメリカ大陸に生息するオオカバマダラは、南北3500㎞に及ぶ生息域の中で南北に大移動を行います。
北部に生息するオオカバマダラは数百万匹もの群れを作り、集団で南下して越冬します。
そして南部に生息するオオカバマダラは春ごろから北上を開始します。
オオカバマダラの南下は1世代で行われるのに対して、北上は3、4世代にわたって行われるため、同一の個体が長距離移動を繰り返す鳥の渡りとは同じではありません。
オオカバマダラはいくつもの世代にわたって似たような経路を用いて移動し、迷うケースはあまり確認されません。
オオカバマダラは渡り鳥などと同様に、体内に磁気を感じるセンサーのようなものを内蔵しており、太陽を利用して方角を測っているのです。
ちなみにオオカバマダラはごくまれに小笠原諸島や南西諸島などで確認されることがあります。
日本で確認される個体は渡りの経路から外れる「迷蝶」です。
またアメリカやブラジルなどに生息するオオカバマダラの亜種は渡りをしません。
まとめ
今回は世界の大移動する生物を紹介しました。
長距離移動を行う生物は、そのすべてが生態の中心に移動が存在しています。
つまり移動しなければ、そもそも生態が成り立たないのです。
私たちからしてみれば、定住地を持たずに数千㎞も移動する生物は理解を超えるものです。
しかし進化の過程で大移動を選んだ生物と、大移動を可能にするメカニズムについては驚愕や感動を覚えざるをえないでしょう。