かつて北欧には船を沈めるほど大きな「クラーケン」と呼ばれる怪物が海に潜んでいるという伝説がありました。
そのモデルとなったのは世界最大の無脊椎動物のダイオウイカで、太陽の光が届かない深海に棲んでいます。
2012年に小笠原沖で窪寺恒己博士らによって世界で初めて生きている姿を撮影された大ニュースを見て知っている方もいるのではないでしょうか。
その生態は未だ謎が多く解明されていないことが沢山ありますが、近年、新たなことがわかってきました。
今回はそんなダイオウイカを最新の研究を交えながら紹介していきます。
ダイオウイカとは
ダイオウイカ(Architeuthis dux)は無脊椎動物門頭足綱開眼目ダイオウイカ科に属する世界最大級の無脊椎動物の一種です。
ダイオウイカは全長10m以上、体重数百kgにもなる巨大イカで、現在発見されている最大のものは全長約18mで体重約1tにもなります。
生息域は未だはっきりわかっていませんが、極海を除いた世界中の海で発見されています。
日本では、太平洋側では小笠原沖、日本海側では新潟県、富山県、石川県、京都府、兵庫県、島根県、山口県で発見報告がされています。
ダイオウイカの食性
引用;https://natgeotv.jp/
深海(水深200m以深)において、水深500m以深の中深層にいます。
日中は水深600~900m付近で餌を探し漂っています。
主にカイアシ類などのプランクトン、深海棲のイカ類や魚類などを食べていますが、小型のクジラを襲って食べるという説もあります。
ダイオウイカの天敵
ダイオウイカの天敵はマッコウクジラです。
引用;http://blog.livedoor.jp/nanshiba/
それを裏付ける証拠は3つあります。
- マッコウクジラの体に巨大な吸盤の痕が残っていること
- マッコウクジラの胃の内容物からダイオウイカの一部や肉片が見つかっていること
- ダイオウイカの餌を探して漂っている時間帯と水深に合わせてマッコウクジラが潜水していること
以上のことがわかっていますので、マッコウクジラは中深層に棲むダイオウイカを含む大型のイカ類を食べに来ていると明らかにされました。
ダイオウイカは浅海出身?
ダイオウイカは、今は深海住まいですがかつては浅瀬に棲んでいたとされます。
それには2つ理由があります。
①ダイオウイカは基本的に背中側が赤紫色、腹側が白色をしていること
こういった体色は比較的に浅い海に棲む生物に共通して見られる形質です。
イカは水平に泳ぐとき背を上、白色の腹を下にして泳ぎます。
海では深いところほど赤紫色をしていると見えにくくなるため、上からの敵のカモフラージュとなります。
同様に海では下から見たとき太陽光が降り注ぐので白色は光の中に溶け込んで見えなくなり、下からの敵のカモフラージュになります。
表層の光がほとんど届かない深海には白い腹は全く必要ないのにも関わらず、ダイオウイカはこのような表層に棲む生物の形質を持っているということです。
②ダイオウイカが墨袋を持っていること
深海のような真っ暗な場所では墨を吐いたところで意味がありません。
そのためヒロビレイカなど他の深海に適応したイカ類には墨袋がありませんが、ダイオウイカには墨袋があります。
以上2つの理由からダイオウイカの近い祖先は浅い海に棲むイカだったのではないかと考えられています。
ダイオウイカは未だ浅い海に棲んでいた頃の形質を残したまま、深海域への適応途上にあるようです。
ダイオウイカの大きさ
ダイオウイカの最大の特徴と言えるのがその大きさです。
ダイオウイカは身体部分の大きさだけでも1m以上、触手を含めた大きさは平均4~7m、大きいもので10m以上にもなります。
更に最大では18mを超えるものがいるともされており、その大きさから北欧伝承の海の怪物「クラーケン」のモデルとも言われています。
また、2014年に米カルフォルニア沖に全長49mのダイオウイカが打ち上げられたというニュースが世界中で話題になりましたが、これは画像を加工したフェイクニュースだったことが分かっています。
そのフェイクニュースの画像がこちらです。
元になった画像がこちら
イカの形が同じなのでパッと見で同じ写真だと分かりますよね?
ダイオウイカの巨大化の理由
ダイオウイカの祖先は元々ある程度の大きさのイカで浅海に棲んでいましたが、進化の過程で競争する相手の少ない深海へと移行したと考えられています。
しかし、移行した深海は岩場や海藻など身を隠すようなものが全くない世界です。
逃げも隠れもできない世界でダイオウイカの祖先は外敵に捕獲されにくく、餌を捕獲しやすい大きな体へと進化を遂げ、今のダイオウイカになったのだと考えられています。
ダイオウイカの寿命
ダイオウイカはその巨体から、数十年は生きる寿命の長い生物と思われがちですが、その寿命はたったの5年しかありません。
ただし、未だ詳しい生態がわかっておらず、専門家によっては2~3年という人もいるそうです。
誕生からたったの数年で10m以上に成長する何て凄すぎますよね!
ダイオウイカは眼力がすごい!
引用;https://jimbee.jp/
ダイオウイカの眼の直径は約30cmあり、人間の眼の10倍以上の大きさがあります。
身近なものでいえば、バスケットボールほどの大きさで、この大きさは地球上の全生物の中で最大です。
ダイオウイカのその大きな目は人間よりも視界も広い上、光の感度が高く、周りの映像が大きく拡大して見えています。
深海は真っ暗闇でほぼ何も見えませんが多くの深海生物は発光器を持っているので、ダイオウイカの眼はその一瞬の光を見つけるのに役立っています。
もちろん、天敵であるマッコウクジラの索敵にも有効に働いているようです。
ダイオウイカの泳ぐ速さ
引用;http://www.tokyo-zoo.net/
「深海は高水圧・低水温で餌にありつけるチャンスが少ないため体力を温存しているので、深海生物は動きが鈍く泳ぐのが遅い」なんてことを聞いたことのある人もいるのではないでしょうか。
それは多くの深海生物に当てはまりますしダイオウイカもそうなのですが、いざという時にはダイオウイカは驚くべき動きを見せると考えられています。
ダイオウイカはスルメイカやアカイカなど他のイカ類と同じように漏斗(ろうと)と呼ばれる部分があり、そこから海水を勢いよく吐き出して遊泳します。
そして頭にある三角形の小さな鰭は遊泳の際に起こる揺れやブレを減らし安定させ、波打たせてより推進力を増す役割を果たしています。
未だ泳ぐ速さは解明されていませんが、かなり活発に泳ぎ回ることが出来て、実は捕食活動もアグレッシブなのではないかとまで考えられています。
ダイオウイカの心臓は3つある!?
引用;https://tfo1.com/
「ダイオウイカは大きな目で素早く索敵し、活発に泳いで逃避出来る」ように感じますが、さすがのダイオウイカもその大きな体ではすぐにバテてしまいます。
そこでダイオウイカには大きな体でも息切れしにくい仕組みとして、心臓が3つある事が上げられます。
ダイオウイカには心臓が3つと言いましたが、本当の「心臓」は1つで残り2つは「鰓心臓」と呼ばれるものです。
鰓心臓は鰓に血液を直接・強制的に送る心臓で効率よく酸素を取り込めるようにするもので、大きい体でも前進にくまなく酸素や栄養分を送ることが出来ます。
これによってダイオウイカはその大きな体でも息切れをしにくくなり、大きな体でもそこそこ動ける体力を兼ね備えているということになります。
ダイオウイカの味・臭い
引用;https://www.rbbtoday.com/
ダイオウイカは食べると「水っぽくて臭い!」ので全くもって食用に向きません。
その理由は深海住まいであることに関係してきます。
ダイオウイカを始めとした深海のイカ類は細胞の水分を多くして体の密度を海水と近くし、アンモニア臭を放つ「塩化アンモニウム」と呼ばれる物質を体に貯め込むことによって浮力を得ています。
これは泳いでいなくても浮いていられるという独特の省エネ方法で、餌の少ない深海で無駄なエネルギーを抑えた重要な機構と言えます。
いざとなったら素早く動きますが、それ以外は蓄えた栄養分を浪費せずに生きているようです。
ダイオウイカの記録
引用;https://www.sciencenews.org/
ここからは最近の研究の話を交えたいので、ダイオウイカの歴史を振り返るところから始めていきます。
ダイオウイカがモデルとされるクラーケンは古くは北欧神話(13世紀ごろ)で登場し、中世から近世にかけてのヨーロッパにおいても船乗りたちによって語られていました。
ダイオウイカが生物学的に記録された最も古い文献は1957年の西大西洋でデンマークの博士によるものです。
つまりダイオウイカはおよそ600年以上その存在が分かっていながら研究が出来ていなかった生物だということになります。
日本におけるダイオウイカの存在がわかる古い記録は江戸時代に開かれた博覧会に展示されていたもので、生物学的な記録は明治初期のドイツ人博士によるものでしたが数値に関する記録だったため学術的な価値はそれほど高くありません。
ダイオウイカは1種しかいない
引用;http://nazo108.sblo.jp/
ダイオウイカは生物学的な発見報告以来、世界中の海に生息していたこともあり世界各地で研究されてきましたし、その形態的特徴の違いから種が次々と発表されてきました。
しかし、ニュージーランドの研究者によるゲノム解析で「南半球におけるダイオウイカは全て同種」という衝撃の論文を出したことにより状況が一変します。
これをきっかけに世界中でダイオウイカ数種を遺伝子レベルで解析していきますが、ことごとく同種という結論が出てきました。
この謎に決着をつけるため、2012年にアメリカやフランス、デンマークなどの学者が共同でミトコンドリアDNA解析を行うことになりました。
その際、日本、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカ、大西洋、アフリカ沖など地球上の集められる限りのダイオウイカ43個体を解析するという世界規模の研究となりました。
結果は、衝撃的なことに別種として発表されていたありとあらゆるダイオウイカは種が変わるほどの大きな違いはなく、世界中全てのダイオウイカは最初に発表されたArchiteuthis duxの1種類しか存在しないということがわかりました。
日本でのダイオウイカ大量水揚げ事件
引用;http://webun.jp/item/7152862
2014年春、ダイオウイカが次々に水揚げされたニュースを覚えてらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
3/26~4/12にかけての18日間で計5回、頭数にして6頭揚がりました。
ダイオウイカは2年に1個体、3年に2個体しか揚がらないとされていまので、それを覆すような数ですね。
でも実は2006~2007年にかけての冬にも大量水揚げ事件は起こっていました。
2006/12/20~2007/2/13の計7回、頭数にして6個体(1件は体の一部が発見されたのみ)揚がりました。
はっきりとした原因は未だわかっていませんが、地球温暖化による水温変化によるものだと考えられています。
まとめ
世界中ありとあらゆる海域で見つかり、日本にも生息しているダイオウイカは古くからその姿を伝説として私たちに見せつけてきました。
それが600年かけて伝説から1種の生物になり、700年近くたった今では生きた映像が見ることが出来るなんて現代に生まれて良かったと思ってしまいます。
今後の研究によっては、もっとダイオウイカに近づけることもあるかもしれません。
海でばったり遭遇してしまう奇跡にも期待大です。