水族館などでクラゲは非常に人気です。
水流に身を任せてたゆたう姿は、どんな生物にもないような独自の美しさがあります。
しかし夏の終わりの海はクラゲが大量に出るために立ち入りが制限されることがあるなど、クラゲはときに非常に危険であることもあります。
今回は美しく、それでいて危険なクラゲを紹介していきましょう。
キタユウレイクラゲ
引用元:https://www.hokudai.ac.jp/
キタユウレイクラゲは、北緯42度以北の北極海、北太平洋、北大西洋に広く生息するクラゲです。
特にイギリス沖でよく確認されるようです。
英語では「Lion's mane jellyfish(ライオンタテガミクラゲ)」と言い、日本でも北海道沖などで確認されることがあります。
キタユウレイクラゲは現在確認される中で世界最大のクラゲで、傘の直径は1m~2mほどにまでなります。
ただ高緯度にある海域にいる個体ほど大きく、体色は紫色や濃い赤色をしており、低緯度の海域にいる個体ほど小さく、体色は明るいオレンジ色や黄褐色、無色透明をしています。
1870年にアメリカのマサチューセッツ沖で確認された個体は傘の直径が2.3m、触手の先端部分までの長さがなんと37mほどと破格の大きさを誇り、世界最大のクラゲとしてギネスブックに登録されました。
キタユウレイクラゲは粘着性の高い触手を用いて魚や小さなクラゲを捕らえ、毒胞で刺して捕食します。
この毒胞は人間であっても刺されれば激しい痛みをもたらします。
健康な大人であれば死に至ることはほとんどありませんが、まれに刺されたショックでパニックを起こして溺死することもあるようです。
イルカンジクラゲ
引用元:https://ucmp.berkeley.edu/
オーストラリアの先住民族であるアボリジニの中で、オーストラリア北部にいたイルカンジ(ユィルガニュジィ)という部族にはある怪物について伝えられています。
部族の伝承によると海にはとても小さく、かつ透明で目に見えない怪物が生息しており、海に入る人々を苦しめ、ときに死に至らしめるとのことです。
当然部族の伝承などというのは、大半がオカルトで、後のオーストラリア政府などはこの伝承について一切信じませんでした。
しかしあるとき、オーストラリア北部のクイーンズランド沖で水泳選手の一団がオープンウォータースイミングの競技中に、突然筋肉痛や背中の痛み、吐き気、高血圧、呼吸困難などの症状を訴えます。
イルカンジの伝承は実在したのです。
そしてこの伝承の正体となったのが、イルカンジクラゲです。
イルカンジクラゲはわずか3㎝、触手も50㎝ほどと小さなクラゲで、刺胞も刺されてもまったく感じません。
しかしイルカンジクラゲはコブラの100倍、タランチュラの1000倍も強力な毒を有しており、刺されたしばらく後に症状が現れます。
「イルカンジ症候群」と言われるこの症状は、一時的に激しく血圧が上昇することで激しい胸痛や精神不安、男性であれば持続的な勃起を引き起こすこともあります。
モルヒネも効かないなど非常に危険な毒ですが、現在は治療法も確立されており、死に至るケースはまれです。
ブラックシーネットル
引用元:https://www.enosui.com/
ブラックシーネットルはアメリカのモントレー湾からバハカリフォルニアにかけて生息するクラゲです。
傘の直径は1m、全長は6mほどにまで成長する大型のクラゲで、「ブラック」という名前に反して体色は大変美しい、ブドウにも似た深い赤色をしています。
肉食のクラゲで、触手を用いて動物プランクトンや他のクラゲを捕食します。
バハカリフォルニアの海などでは、赤潮の発生に合わせてブラックシーネットルが大量に発生することがあります。
赤潮はブラックシーネットルのエサである動物プランクトンが大量発生することで起きる現象のため、関連していると考えられます。
ブラックシーネットルの毒性は小さな動物を仕留められる程度のものなので、人間にとって致命的ではありません。
しかし刺されれば40分以上激痛が続きます。
アトランティックシーネットル
引用元:https://www.flickr.com/
アトランティックシーネットルは、文字通り大西洋の河口域に生息するクラゲです。
無数の白い斑点と薄い赤色をした放射状の模様の入った半透明の直径およそ40㎝ほどの笠から、薄い赤色の触手を伸ばしています。
アトランティックシーネットルの毒は非常に強く、刺されると焼けるような激痛を受け、発疹が20分以上続きます。
たいていの場合大事には至りませんが、フィリピンでは血管不全や単発性神経炎を起こすなど重篤な症状を引き起こす例も報告されています。
アトランティックシーネットルは水中ではほとんど姿が見えないため、注意が必要です。
ヤナギクラゲ
引用元:https://gramho.com/
ヤナギクラゲは北太平洋全域に生息するクラゲです。
日本でも北海道や東北地方の太平洋沿岸で見ることができます。
リボンやフリルのようにヒラヒラとした触手は大変美しく、日本の水族館でもよく飼育されています。
日本に生息するヤナギクラゲは、オキクラゲ科ヤナギクラゲ属に属するChrysaora helvolaというものです。
ヤナギクラゲ属は、英語では「Sea nettle(海のシラクサ)」といい、先ほど紹介したブラックシーネットルやアトランティックシーネットルなども含まれます。
シラクサは茎や葉の表面に生えたトゲの基部に嚢があり、うっかり嚢を破裂させ、内部の液体を皮膚につけてしまうと強い痛みが走ります。
名前の通り、ヤナギクラゲ属は総じて強い毒性を持っており、ヤナギクラゲも例外ではありません。
ヤナギクラゲに刺されると強い痛みに襲われます。
日本では近縁種のアカクラゲなども強い毒性を有しています。
ハコクラゲ
引用元:https://animalbattles.wealthyblogs.com/
毒を持つクラゲは数ありますが、中でも最もポピュラーで恐れられているのがハコクラゲです。
英語でも「Box jellyfish(箱のクラゲ)」といい、名前の通り箱型をしています。
立方クラゲや立方体クラゲとも言われます。
ハコクラゲは仲間も非常に多く、その多くが非常に強い毒を有しており、生息地である世界各地で恐れられています。
ハコクラゲはオーストラリアやフィリピンなどの熱帯地域の海に生息し、現地では「Deadly box jerryfish(死に至るハコクラゲ)」と呼ばれ、日本でも沖縄では同じく強い毒性を持つハブになぞらえて「ハブクラゲ」と呼ばれます。
種類によって毒性は大きく異なりますが、ハコクラゲの場合は強い痛みを与え、ひどい場合だと意識障害や呼吸困難、心停止を起こして死に至るケースもあるようです。
Alatina Alata
引用元:https://www.diark.org/
Alatina Alataは先ほど紹介したハコクラゲの仲間で、外見も円錐型から箱型をしているなどよく似ています。
Alatina Alataは太平洋からインド洋、カリブ海、アラビア海、果ては大西洋と広い範囲に生息しています。
通常では1日もすればこれらの症状は収まりますが、まれに持続し、症状が全身に広まるケースや、発疹などが再発するケースもあるようです。
Morbakka fenneri
引用元:https://www.redlandcitybulletin.com.au/
Morbakka fenneriはオーストラリア東部、モートン湾にのみ生息するクラゲの一種で、2008年に発見された比較的新しい種です。
Morbakkaは日本語では「ヒクラゲ属」といい、日本では「ヒクラゲ」と言われるMorbakka virulentaが生息しています。
ヒクラゲ属は先ほど紹介したハコクラゲの仲間で、ハコクラゲ同様に強い毒性を持っています。
ヒクラゲも漢字で「火水母」と書くように刺されると火傷をしたようにヒリヒリとした痛みや水膨れに襲われるほか、Morbakka fenneriも強い痛みを受けます。
カツオノエボシ
引用元:https://grapee.jp/
カツオノエボシは美しい青色をしたクラゲです。
自らで泳ぐ能力を持たないため藍色をした浮き袋を用いて漂流し、日本でも太平洋沿岸で確認されたり、時折砂浜に打ち上げられることもあります。
澄んだ青色をしていることからペットボトルや空き瓶などと勘違いして手に取ってしまって刺されるというケースもあるようです。
カツオノエボシは「電気クラゲ」と言われ、刺されると激しい痛みに襲われ、場合によってはアナフィラキシーショックによって死に至ることもあります。
このときの症状が、まるで電気にしびれているようであるために電気クラゲと言われます。
クラゲの毒は、その多くが酢を用いることで症状を和らげることが可能ですが、カツオノエボシの場合は逆効果で、症状が悪化してしまうため注意が必要です。
ちなみにカツオノエボシはクラゲの一種ですが、厳密にいうと今回紹介するクラゲの仲間ではありません。
英語でも「jellyfish(クラゲ)」はつかず、ポルトガルのキャラベル艦という軍艦に似ていることから「Portuguese man o' war(ポルトガルの軍艦)」と言われます。
ほかにも外見から「Blue bottle(青い瓶)」、「Floating Terror(漂う恐怖)」などとも言われるようです。
実はカツオノエボシは「ヒドロ虫」と言われる刺胞生物の群体で、仲間にギンカクラゲやカツオノカンムリといった種類がいます。
日本語名は伊豆半島や三浦半島でカツオが訪れる時期に、烏帽子に似たものが流れてくることから名付けられたものだと言われています。
オーストラリアウンバチクラゲ
引用元:https://fusigiseibutu.pipi01.com/
数ある毒クラゲの中でも最も危険で、最も犠牲者を出しているのがおそらくオーストラリアウンバチクラゲです。
学名のChironex fleckeriから日本では「キロネックス」などとも言われます。
「ウンバチ」という名前は「海蜂」がなまった言葉で、日本語で激しい痛みや猛毒によって恐れられる海棲生物につけられるものであるほか、英語では「Sea wasp(海のスズメバチ)」、あるいは単に「殺人クラゲ」と言われるなど各地でその毒性については恐れられています。
ちなみに学名の「Chironex」とはギリシャ語で「殺人者の手」という意味です。
オーストラリアウンバチクラゲは1匹で60人も殺せるほどの毒を有しており、獲物の捕食や自己防衛を目的に触手から毒針を飛ばして攻撃してきます。
刺されると耐え難いほどの痛みに襲われ、早いケースだとショック症状によって5分から20分ほどで死亡します。
中にはわずか3分ほどで死亡した報告もあるなど、非常に危険です。
更にオーストラリアウンバチクラゲは長さ4.5mほどもある長い触手を用いて獲物に絡みつき、毒を注いできます。
こうなると人間であってもほぼ確実にショック死します。
これほど危険だと姿を見つけ次第逃げたいところですが、オーストラリアウンバチクラゲは体色が透明感のある青色をしており海に溶け込むようになっているため非常に見つけにくく、移動速度も速いうえに攻撃的という非常に厄介な性質を持っています。
オーストラリアでは過去100年で63人が、そして1884年以降であればなんと推定で5567人も死亡しているそうです。
また近年では地球温暖化による海水温の上昇の影響で、日本近海でもオーストラリアウンバチクラゲが目撃されるようになりました。
さて、この厄介極まりない猛毒クラゲにも弱点はあります。
それが「パンティストッキング」と「ウミガメ」です。
オーストラリアウンバチクラゲの針は、パンティストッキング程度の厚さの布であっても貫通することができません。
そのためオーストラリアウンバチクラゲが確認されると、現地の人はパンティストッキングを着用して海に入ります。
更にウミガメにはオーストラリアウンバチクラゲの毒がまったく効かず、一方的に捕食します。
まとめ
今回は危険ですが外見の非常に美しいクラゲを紹介しました。
「美しい花にはトゲがある」とはよく聞く言い回しですが、美しく、なおかつ例外なくトゲを持つクラゲの場合は「美しいクラゲには毒がある」という表現が適当かもしれません。
万が一クラゲに刺された場合でも、現代の医療であればだいたい助かります。
しかしそれは処置が迅速であった場合のみです。
処置が遅れると重篤な症状を引き起こす可能性があります。
特に慣れない海外だと毒の強いクラゲも生息しているうえ、病院への連絡も遅くなり、最悪死に至るケースもあるでしょう。
そしてそれはクラゲに限った話ではありません。
海外、特に自然豊かな地に行く場合は現地の情報をよく調べておくことが非常に大切です。