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角度別!本当の世界最古の国家6選

私たちは日本に住んでいて、パスポートを見せることで中国や韓国、アメリカなどの海外へ渡ることができます。

飛行機などで地表を見ただけでは分かりませんが私たちの世界は「国家」というものによって切り分けられ、世界の人々のほとんどがどこかしらの国民です。

私たちも例外ではなく、日本という国なくして現在の生活は成り立たないでしょう。

今回はそんな「国家」の中でも、様々な角度から見た「世界最古の国家」を紹介します。

 

世界最古の国家「アッカド帝国」

引用元:https://www.ancient-origins.net/

アッカド帝国は紀元前2350年ごろにメソポタミアに成立した国家です。

世界最古の国家であり、世界最古の帝国であるとも言われています。

メソポタミア初期王朝時代にサルゴン王が建国し、メソポタミア地域を統合、アッカド人とシュメール人という2つの言語集団が合わさり、シュメール語に統一されました。

ほかにもメソポタミアを超えてレバント(東部地中海沿岸地域)やアナトリア(現在のトルコ)など周辺地域に影響を与え、旧約聖書や後世の歴史書などにもアッカド帝国の記述があります。

アッカド帝国は紀元前2400年ごろから2200年ごろに最盛期を迎えて2100年ごろに滅亡、その後はアッシリアとバビロニアという2つの国家へ分裂します。

アッカド帝国は首都であるアッカドが発見されておらず、周辺地域の発掘調査などが研究の基本となっており、詳しいことは明らかになっていません。

メソポタミアは世界四大文明のひとつであり、エジプト文明ではエジプト第1王朝(紀元前3100年ごろ成立)、インダス文明ではヴェーダ朝(紀元前1700年ごろ成立)、黄河文明では殷王朝(紀元前1700年ごろ成立)、夏王朝(紀元前1900年ごろ成立)などが最古の国家として挙げられます。

ただいずれも実存や成立時期については議論されています。

 

人類発祥の地に栄えた「ダモト王国」

引用元:https://skyticket.jp/

現在の人類のルーツはどこなのかというのは現在も議論されています。

どうやらアフリカらしいということは分かっていますが、現在でも南アフリカと東アフリカで論争が起きています。

そんな人類発祥の地候補のひとつである東アフリカ、現在のエチオピアやエリトリアで最初に栄えたという「ダモト王国」は最古の国家である可能性を秘めています。

ダモト王国は現在のエチオピアの北部国境地域からエリトリアにかけてを支配した王国で、紀元前980年ごろに成立しました。

大規模寺院の遺跡が発見されており、その存在が実証されています。

ダモト王国は現在のエリトリアのタマラを首都に、紀元前5世紀まで存在しました。

一説によるとダモト王国はアクスム王国によって引き継がれたと言われ、アクスム王国もまた一度滅びましたがアクスム王国の血筋を引くと自称するソロモン朝、近代ソロモン朝などがエチオピアを支配していたため、近代までダモト王国の系譜が続いていたと考えることもできます。

 

現在の王朝が世界最古の国家「日本」

引用元:https://blog.goo.ne.jp/

世界の国はそれぞれ長い歴史を有していますが、歴史の中では「王朝(王室)」が変わることは珍しくありません。

中国はその最たる例で、「易姓革命」という考え方のもと漢や唐、元、清などといった王朝が興亡を繰り返しています。

ヨーロッパでもフランスならブルボン朝やカペー朝、イタリアならローマ王国、イギリスならプランタジネット朝など数々の王国・王朝が栄えました。

王朝というものを考えたとき、現在の王朝が最も長く続いているのが日本です。

日本でも平安時代や鎌倉時代、室町時代と時代を経るごとに実際に政治を行う一族は交代してきましたが、王朝(天皇家)は建国以来ずっと変わっていません。

日本の初代天皇は神武天皇です。

神武天皇は天照大神(アマテラスオオミカミ)の子孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の曽孫(天照大神の五世孫)で、『日本書紀』などで語られる神話の世界の人物です。

神武天皇の即位は紀元前660年、そこから2600年以上経った今も天皇家は続いており、2019年5月1日に第126代として徳仁さまが即位しました。

歴代天皇には実在を疑われている者も多く、特に2代の綏靖天皇から9代の開化天皇までの8代は「欠史八代」は議論が続いています。

 

世界最古の民主主義国家「アテナイ」

引用元:https://www.travel.co.jp/

民主主義は今日では日本を始め、世界中の多くの国が取り入れる政治体制のひとつです。

そのルーツは紀元前5世紀のギリシャにまでさかのぼります。

当時のギリシャでは集住(シノイキスモス)によってイオニア人などが集まり、都市単位の小さな国家である「都市国家(ポリス)」を形成していました。

そのうちのひとつであるアテナイ(アテネ)では当初は王政が敷かれていましたが、やがて「アルコン」という貴族が台頭して貴族政治に移行します。

しかしアテナイでは同時に積極的に植民活動を行ったことで貨幣経済が発展し、平民が台頭、貴族と平民の対立が激化します。

そこでドラコン、ソロンといった政治家が平民の権利を守るための法整備を進めます。

途中でペイシストラトスという僭主が表れますがこれを追放、クレイステネスが紀元前508年に行った改革によってアテナイの民主制が成立しました。

その後に勃発したペルシア戦争で平民や下層民が活躍したことで政治的な発言権はますます強まり、アテナイの民主主義は最盛期を迎えます。

アテナイの民主主義は今日の民主主義とはまったく形が異なります。

日本など多くの国が採用しているのは「間接民主制」といって、参政権を持つ国民の代わりに意見を述べ、政策を決める者を国民が決めることで間接的に政策決定などに関与します。

一方アテナイでは参政権を持つ国民が直接政治に関与する「直接民主制」を採用していました。

現在では直接民主制を採用する国はスイスしかありません。

またアテナイで参政権を持っていたのは「大人の男性市民」であり、女性や子供、奴隷、外国人には参政権は与えられませんでした。

そのためアテナイ市民の中でも、参政権を持っていたのは全体の30%未満だったと言われています。

もっともアテナイの民主主義が今日の民主主義の基本となったのは間違いありません。

英語で「民主主義」を表す「democracy」はギリシャ語で「国民、住民」という意味の「デーモス」と「権力」という意味の「クラトス」を合わせて作られた言葉に由来しています。

歴史家ヘロドトスの著した『歴史』にも、紀元前460年ごろにアテナイの民主主義に忠誠を誓う市民がデーモクラトースと名乗ったという記述があります。

 

世界最古の共和国「サンマリノ」

引用元:https://italiazuki.his-j.com/

今の世界には「共和国」を名乗る国がいくつもあります。

民主主義と共和制の違いというのは曖昧ですが、民主主義は「国民が政治の主権を有する」という考え方なのに対して、共和制というのは「主権が君主以外にある」という考え方です。

共和政を敷く国では多くが主権を国民に与えるため、民主主義との違いが曖昧になります。

しかも共和政であっても形式的に君主を戴く国もあったり、事実上の独裁政権であるような国も存在しています。

さて、世界で最も古い共和国がイタリア半島の中部に位置するサンマリノです。

現在でも独立を守っており、世界で5番目に小さなミニ国家です。

サンマリノの成立は4世紀初め、ローマ皇帝によるキリスト教の迫害から逃れるためにマリーノという石工がティターノ山へ立てこもったことが始まりとされています。

国名も建国者である「聖マリーノ(サン・マリーノ)」に由来しています。

1631年にローマ教皇が独立を承認したことで世界最古の共和国となりました。

19世紀のイタリア統一運動(リソルジメント)の間も周辺諸国が統一される中独立を守り、現在でもイタリアの保護国に近い状態です。

2008年には首都のサンマリノ市とボルゴ・マッジョーレ市の一部などが「サンマリノの歴史地区とティターノ山」として世界遺産に登録されました。

 

世界最古の共産主義国家「ソビエト連邦」

引用元:http://datsugakkou.com/

共産主義とは「平等な社会を実現するために財産を国民で共同保有する」という考え方です。

社会主義との区別は非常に曖昧で、どちらも資本主義経済に対するアンチテーゼとして使われることが多いですが広義には共産主義は社会主義の内包されます。

社会主義の中には社会改良主義や無政府主義、国家社会主義なども含まれ、共産主義と言う場合にはマルクス主義やレーニン主義を指します。

現在、共産主義を標榜する国は5つしかありません。

中国、北朝鮮、ラオス、ベトナム、キューバです。

特に中国やベトナムなどは政治体制は共産党によるものですが、経済面では資本主義的な方法論も採用しており、純粋な共産主義国とは言い辛い側面もあります。

また北朝鮮では北朝鮮軍がすべてにおいて優先されるという「先軍思想」を導入し、共産主義は放棄してしまいました。

ただし社会主義は放棄していません。

一方で中南米の国などでは、社会主義を志向する国も出てきています。

世界で最初に共産主義を掲げた国がソビエト連邦です。

ソビエト連邦は当時のロシア帝国の社会主義的な政治団体であるボリシェヴィキが首都のペトログラードで起こした「十月革命」によって、1917年に成立しました。

ウクライナや白ロシア(ベラルーシ)、グルジアなどの周辺国家を衛星国として取り込み、ネップ(新経済政策)や「五カ年計画」に代表される計画経済によって農業生産量を増やし、工業国として成長します。

第二次世界大戦でソ連はドイツ、日本と主に戦い、戦後はドイツ支配下の東欧諸国や中国を共産化して俗に言う「東側」としてアメリカと対峙しました。

しかしやがて政治体制の腐敗や経済の停滞に直面、「ペレストロイカ」や「グラスノスチ」といった改革を行いましたが1991年に崩壊してしまいます。

 

まとめ

今回は様々な角度から見た「世界最古の国」を紹介しました。

まだ理想の国家というものは完成しておらず、歴史上でも多くの国が興亡を繰り返してきました。

今は民主主義国家が主流となっていますが、かのウィンストン・チャーチルの「民主主義は最悪の政治と言える。これまで試みられてきた、民主主義以外のすべての政治体制を除けばだが」という言葉に代表されるように、決して完璧なものとは言えません。

今回紹介した最古の国も各人がよりよい国家であるために努力をし、しかし最後には滅亡してしまいました。

私たちも先人を見習って、今の政治体制が完璧なものでないという点を自覚して、それでも少しでもよりよくできるよう、できる範囲で努力をするべきではないでしょうか。



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